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5-5 ミラノ五輪の定理 ~決勝 鶴川朱麻里(日本) 戦~(前編)


 対峙する二人。


 そしてハイテンションなアナウンスが容赦なく入ってくる。


<さぁ、いよいよ将棋崩し決勝戦! 勝てば金メダルです!! 解説は柴田健太郎にお任せください! 国内放送局のアナウンサーが別の実況をしていますが、このままチャンネルを切り替えずにどうぞ! 決勝戦は日本代表の女性棋士・鶴川朱麻里選手、29歳。相手はアメリカ代表で日本在住の明智ヒデト選手、43歳。やはり最後は将棋崩し発祥の地・日本の二人が残りました! 鶴川選手は明智選手相手には1勝2敗、最も近い対決はオリンピック代表予選での戦いで、これは鶴川選手が勝利しています! どちらが勝ってもおかしくはありません……! 本将棋の世界と違い、この戦いに男女の区分というのは無いのです……果てしなく続く頭脳バトル――!!>


 最高に盛り上がっている柴田をよそに、明智たちが対局室で会話をしていた。


「明智さんが43歳っての普通に驚いたんですけど……何か美肌の秘訣でもあるんですか? あと……次で勝てば、金メダルだけでなく、実質私が「世界一の将棋崩し師」……ということで良いですよね?」


 朱麻里が身体のあちこちが対戦で汚れた着物を払いながら、言葉を紡ぐ。


「ヒデト思うんだけどさ……やっぱりシュマリってすげえ。これまでヒデト、結構シュマリのこと舐めてた。完勝してると思ってたし、ただのサンドバッグだって思ったことだってある。でも、その度にシュマリってさ、立ち上がっては凄い勢いで噛みついてきて離さない……だからさ、結構ヒデト認めてるんだよね……そういう意味で、これでヒデト破ったら、日本一だって。いや……世界一だって言ってくれたって良い。それが”シュマリ”……ヒデトが認めた、アメリカンスピリッツが身についた最高のライバルだって……」


「アメリカン……のところは否定して良いですか? 私日本人なんで」


 いよいよジャンケンが始まった。


 明智は眼を閉じ、靴の紐を結ぶと、ジャンケンを開始する。


 結果は朱麻里の勝ちで、そのまま振り駒に移行する……そして朱麻里が勝ち、明智に先攻を譲った。


「さっき……逃げましたね。ジャンケンで負けると思って……そんなものはどうでも良い……私はあなたを、逃がさない……!!」



<さあ、初のオリンピックによる正式種目としてのeスポーツ、将棋崩し! その初代王者の決定戦が始まろうとしています! 日本代表の鶴川選手は、先ほど準決勝でフィンランドの「死を運ぶサンタ」の異名を持つセコ・ソーヤネン選手を下しました! 一方の明智選手はシンガポールのアイザック・コンドウ選手を下している……! この戦いは全く読めません――!!>


 座席に座ると、高い座高を維持したまま、駒を箱に詰めていく……明智は左手に天球儀型扇風機を持った状態で、右手でフレミングを作りながらそれを頭に当て、考えている。


 眼を閉じたままの明智に、朱麻里から声がかかる。


「――できました、”氷雪之門ゲート・オブ・スノーホワイト”」


 左右の明らかに箱をオーバーした二つのタワーと、その間の小さな歩の台座の上に寄り添い合うようにして王と玉が嵌め込まれてある。

 両側の塔は崩れてはいないが、不自然な安定感はある。


「ヒデト思うんだけど……多分両側の塔から”ダークマター”のようなものが出てるの……めちゃくちゃ見えるって。この仕掛けは”マクスウェルの悪魔”によく似てるかも……だから、まずはタワーのファンデルワールスりょくを測るしかないよね……じゃあ、ヒデトからいくよ……」


 明智は一旦体勢を低くして、右手をポケットに入れてから、長い中指を使い、門の中央にある王の頭の部分に触れようとした。

 

 僅かに時空が歪み、また、王は物理的な力によって固定されているのだけが分かる。


「……セット完了だ……!」


<明智選手、何もせずに「門」の仕掛けを確認しただけで終わりました! あれは稚内わっかないあたりにある有名なモニュメントに似てる感じはしますね!>



1ターン目 先手 明智ヒデト(アメリカ):0点

1ターン目 後手 鶴川朱麻里(日本):0点


「何をセットしたのか……こっちは……命を賭けてますからね……!」


「ヒデト思うんだけど、その爪、曲がり方おかしい……だいぶおかしくない?」


 朱麻里の右手中指の爪は、口が開いたかのように30度ほど開いており、その間に向かって右側の塔の最上段にある飛を爪と肉との間に挟んで盤面までゆっくりと下ろし、そのまま爪に引っ掛けたまま引きずっていった。


「何ッ――?!」


1ターン目 後手 鶴川朱麻里(日本):飛 5点

2ターン目 先手 明智ヒデト(アメリカ):0点


「この爪、実は開いたままなんです……つまり私の右の中指にはこの亡霊のようにへばり付いただけのものと、下に生え変わった爪の二枚があるということ……!!」


<なんと……! どういうことでしょう?! 鶴川選手、この大会のために右手の中指を魔改造していた!! 爪を剥がれそうなギリギリまで持ちこたえさせることにより、間に駒を挟めるだけの隙間ができる……! これは痛かったでしょう! しかしそれでもやるのが決勝戦進出の選手!!>


(あれは……爪に無理な物理的負荷をかけ、爪下血腫そうかけっしゅを起こさせた上で放置し、爪から血を抜いて、新しい爪が発芽することで完成する禁断の生命科学、”不死のアンデッド・ネイル”……! シュマリ……そこまでして勝つための秘策を……?!)


 明智は朱麻里を悲しそうな表情で見つめると、仕方なしに銀色の粒を自分のいる方向にばら撒いた。


「これでどう……ロゼッタ・ストーン!!」


 その細かい粒は、明智が懐の中に準備しておいたとっておきの隠し兵器で、細かいながらも一つひとつが強力な磁石となっており、磁力の力で相手が磁石を使った場合、場を攪乱かくらんさせるのに充分な効力を発揮させる秘密兵器であった。


 朱麻里の立てたタワーにグラつきが生じ、いつ崩れるか分からない状況が生まれる。


 このタワーもまた、アイザックと同じく磁場によって支えられていたのだ。


「ここは攻めさせてもらうよ……悪いけどさ……」


 明智は向かって右側の塔の下に指を置き、磁力を利用して二枚の銀と歩1枚を奪い、そのまま盤外へと引きずって出していった。


2ターン目 先手 明智ヒデト(アメリカ):銀銀歩 5点

2ターン目 後手 鶴川朱麻里(日本):飛 5点


<明智選手、5点を取り返しました……! 明らかに普通にではなく……磁石のような何かを使っている……汚いように見えますが、しかしジャッジではセーフです!!>


「なんの……そちらが獲りやすくなったなら、こっちも条件は一緒でしょ、バーカ」


 朱麻里は5秒を待たずして手を伸ばしたが、そこで明智がすかさず左手の天球儀型扇風機で風を起こす。


「”十二星座大回転ゾディアック・パフォーマンス”!!」

 

 磁力の方向がずれ、塔がぐらつく。


 当然倒れれば、朱麻里の負けが決まる。



「なんの、”ウィンドミル・オブ・ソーヤ”!!」


 朱麻里は手を引っ込めると、胸元から突然、明智と全く同じ扇風機を取り出し、風を全開で起こす。


<互いの旋風が盤の中央で炸裂し、上昇気流を生み出している! 緊張感が高まりますね!!>



 明智は朱麻里の反応の速度に、大きく目を見開いた。







※宗谷丘陵※

稚内駅から宗谷岬までバスで移動後、岬とは反対側の丘陵部分を登ると壮大な景色が広がる。海とフィヨルド、そして季節によっては巨大なオジロワシやオオワシなどが飛行し、肉牛の牧場と少し離れたところに無数の風車が回転しているという、隠れた絶景スポットである。

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