5-4 ミラノ五輪の定理 ~準決勝 アイザック(シンガポール) 戦~
『先生、声が少し緊張してそうだよ……大丈夫?』
この子もだいぶ人を観察する力が身についたと、明智は思った。
もうすぐ6年生になるのだ。
「あぁ……ヒデトちょっと強敵だらけでさ……心の中ではすっごい真剣になっちゃってるんだと思う……そういうの、よくあるから……多分ヒデト、このまま勝ち続ける……間違いなくね……」
――
準々決勝の相手はシンガポールのアイザック・タン・コンドウ33歳。
5か国語を話せる世界を股にかけるエンジニアとのことだ。
ウィーン……
明智が対戦部屋に入ると、機械音が響いてきた。
車椅子に座っているらしき相手を、まじまじと見る。
男は体の多くを機械で補っている。
手の指についても、当然のごとく。
明智は、対戦部屋を一旦出ると、大会の審判やスタッフに声をかける。
「あれって、アリなの……?」
「アリですね」
そういったやり取りが終了した頃には、実況の柴田が待ちきれなさそうにマイクを構えて入っていった。
<さあ、いよいよ準決勝! シンガポール代表のアイザック・タン・コンドウ選手は、日本人とアメリカンの血を引くシンガポール勢の一人、33歳です。あのアイザック・ニュートンの子孫とかそうでないとか……体の一部がメカと化していますが、これを突破してほしいものですね。ちなみに先ほどの準々決勝ではあの”ガリレオ・ガリレイの子孫”を名乗り”無限ワンナップキノコ”を特技とするイタリアのマリオ・ガリレイ選手を大差で破り「実に面白い」とまで言わしめました! それだけの強者と衝突するのは、破竹の勢いで突き進むアメリカ生まれ日本育ちのアメリカ人、ヒデト・アケチ43歳。さあ、勝負はどうなるのでしょうか!!>
「アイザック……そう……ユーが”アイザック”で間違いない訳……だったらさぁ、一瞬で終わりにしてやるからね。覚悟すると良いよ。ヒデトってさ、手加減すること知らないから……例えそれが、車椅子の人相手であってもね。悪いけど……」
「そうか……あんたが、”コペルニクス”……ヒデト・アケチか……オレが負ける訳がない」
機械音声のような声が響く。
恐らくは声帯の一部も無いのだろう。
<今、ジャンケンと振り駒が行われました! 電子でやっているようですが、まあ、相手の明智選手が何も言わないので、それで良いのでしょう。アイザック選手が後手を選択しました!>
(車椅子に半分機械化された体、そして左手は無事で右手は指が三本……薬指と小指は機械で出来ている……これってさぁ……そういうことだよね)
ブイーン……
アイザックは朱麻里の比ではないほど座高が高い大柄な男で、立てば190cmはありそうだ。
明智もアイザックに対抗してか、手に旋回する何かを持っている。
「”コペルニクス”、その左手に持っている回転する奇妙なモノは何だ?」
「これはね、ヒデトの扇風機だよ……コペルニクスのアレでさ、高いの……1万円ちょっとくらい。冬っていってもさ……なんか会場って暖房効いてて暑い……暑くない? チョコバッキー食べたくならない?」
(まあ、前よりもだいぶ魔改造されてるんだけど……NE☆)
ウィーン……
アイザックが機械化された手で箱をオープンする。
「”ザ・シンガポールにあるアレ”!」
明智はそれが見事に「Ⅲ」の形をしているのを確認し、とりあえず感嘆の声を漏らしておいた。
「あぁ……ヒデト今気付いた……名前は出て来ないけど……”多分シンガポールではマーライオンの次くらいに有名なアレ”だよね……アレ! 結構再現度高いね!」
<アイザック選手、アレを題材にした山を作りました……マリ……多分あのホテルのことだと思います! これはどうやって上の方はくっついているんでしょう……! 切り崩すのも大変だぁ!!>
「そう、アレは、ホテルだ……”マクスウェルの悪魔”がうようよしている……そう、ヒデトがカトリーヌと初めて会ったのは……確かね……あんなホテルの近くだった気がする……」
明智はかつての恋人の名前を口にしながら、山の下の方の歩を引き抜こうとする。
しかし、簡単には動かない……”特殊な力”によってそれは拒まれた。
(やはり……これは完全に磁力で固められている……!)
凄まじい粘り強さをもって、制限時間のギリギリまで使い、歩を番の外に出す。
1ターン目 先手 明智ヒデト(アメリカ):歩 1点
1ターン目 後手 アイザック(シンガポール):0点
「”コペルニクス”よ……やはりお前程度がこのオレが作った”ホテルのようなもの”に太刀打ちできるはずがない……できてはならないのだ! オレの”エリア51”の前には、全てが無力! 重力と引力のように駒はオレに惹かれ、光と影が生まれ、そしてオレとお前との点差は絶対に縮まらない! それがオレが存在するだけで、”絶対に51点獲得するシステム・エリア51”だ……BUN・BUN・BUN!!」
(――何ィッ?!)
アイザックが左手をかざすと、一瞬とはいえ、磁力の動きが代わり、薬指へと山から角が音もなく乗り移り、そして下へと動き、ゆっくりと盤外へと出ていく。
1ターン目 後手 アイザック(シンガポール):角 5点
2ターン目 先手 明智ヒデト(アメリカ):歩 1点
明智は自分の手番になると、5秒待機した上で、ポケットから小さい銀色の粒状のものを取り出し、盤の上へと大量にばら撒いた。
「”ロゼッタ・ストーン”……」
明智の隠し兵器である細かい粒は、強力な磁力をもって地味にも場を支配していく。
気付けば、既に山がグラグラと動きはじめ、いつ崩落するかは時間の問題となっている。
「卑怯者め、”コペルニクス”よ……覚悟しろ……!!」
ヒュン、ヒュンと明智の右腕を狙って放たれたものは、漆黒のダーツの矢だった。
カカカカン!!
それはアイザックの右手の薬指と小指の機械化された部分から凄まじい勢いで発射されており、先にはナイロン製の注射針のようなものが付いている。
「何だと……?!」
明智は左手に持った天球儀型扇風機で右手を庇い、ダーツを二本とも撃ち落とした。
(これで確定したんだけど、アイザックの手、二発同時に発射できるようになってるって……つまり二発なのは凶器がそういう仕様、ってこと……)
「審判、一応、これ調べておいて……」
主審は外にいる副審を呼んで、すぐにダーツを回収した。
アイザックは舌打ちし、すぐに気を取り直そうとするも、不自然な事態に気づく。
(そういえば……今のダーツについては特にどういう効果のあるものかは分かっていない……どうして”コペルニクス”はすぐに回収した……? もしや、今のダーツを見て、三年前のあの事件を……? ならば、審判がなぜ、あのような動きをしている……? ということは、オレはこの対局自体、罠だったということか――?!)
「ヒデト思うんだけど……アイザックが作ったギミック破るまで、勝負はつかないから……だからさ……逮捕とかそういうのとかは今は良いから……最後までやろうぜ……これ、勝負だから……どっちかが果てるまでさ……」
明智はさらにポケットから別の色の磁石を盤の自分の手元にばら撒くと、そのまま何もせずにクロックを押した。
2ターン目 先手 明智ヒデト(アメリカ):歩 1点
2ターン目 後手 アイザック(シンガポール):角 5点
「まさか……このオレが作ったホテルが……”エリア51”が……この磁力が発生することで……」
7秒後に、明智が呟く。
「……”テセウスの船”」
ガラガラガラ……
何も手を打たなければ、手番の5秒から10秒までも間は駒が外に出れば自動的に負けとなる――アイザックはあたふたするが、崩れた駒の動きまでは読めない。
8秒を過ぎたあたりで歩の1枚が盤から飛び出した。
2ターン目 後手 ●アイザック(シンガポール):角 5点(盤外落ちによる反則負け)
3ターン目 先手 〇明智ヒデト(アメリカ):歩 1点
<おーっと! 「”テセウスの船”」、大技入りました――!! やはり明智選手強い! 強力な磁界のギミックを、音もなく破り、そして崩壊させた、まさに令和のコペルニクス、今を生きる21世紀のコペルニクスと言えるでしょう……!! 明智選手、決勝進出です!!>
「あのさ、あのホテルの名前……「テセウス・シップ」で良いんだよね……?」
明智は柴田に、ホテルの名前を思い出したとばかりに得意げに問う。
<……うーん、違いますねぇ>
「惜しかった……惜しくない?」
その後、かつて日本に在住していたという日系人、アイザック・タン・コンドウは日本から派遣されていた真田警部らと、現地の警察によって身柄を拘束された。
実は一度明智が外に出た際、犯人発見・通報のサインを明智は出していたのだった。
以前から準備自体はされ、先ほどの明智の最終的な確認をもって赤塚カトリーヌ殺害の容疑がはっきりとしたため、三年に渡って未解決だった事件は、幕を下ろそうとしていた。
明智は天を仰いで、誓った。
(そうか、やっぱり「W」というのは、ヤツ……アイザックの”三本しかない右手の指”のこと……なんか、色んな人を疑って、これまで巻き込んじゃったね……カトリーヌ! ……ユーのためにも……ヒデトは必ず、この「崩し」で優勝するから……決勝戦の相手には悪いけど……今回はさ……負ける訳にはいかないから)
――
明智はアイザックを破り、そして捕縛することに成功し、かつての恋人・カトリーヌの仇を討った、とはっきと手ごたえを感じた。
しかし、世界チャンピオンになるには……金メダルを獲得するためには、もう一人を討ち取る必要がある……
ドライアイスの煙とともに、しっかりとした肩と鋭く切り揃えられた髪、天からふわりと舞い降りた”神の化身”のような風貌、そして口元のホクロとつり上がったまなじりと口角が浮かんでくる。
鶴川朱麻里、日本代表の彼女こそが明智の最後の壁であった。
※マリーナ・ベイ・サンズ※
シンガポールにある世界的に有名なホテル。中に世界最大級のカジノがあり、屋上にはプールがある。少しずつ傾いているという噂があるが、竣工された時点で最初から傾けた設計になっている。




