5-1 ミラノ五輪の定理 ~第1戦 ブッコ(バチカン市国) 戦~
2026年2月13日――
イタリア北部の都市ミラノ・コルティナでは、冬季オリンピックが開催されたが、その期日内に無事に、ファッションの街ミラノにて「将棋崩し」の公式大会が人知れず開かれていた。
丙午の年で、この頃から「少子化の深刻なレベルでの加速」というの暗いニュースばかりが流れている日本でも「一部の有料チャンネル」では将棋崩しが実況されており、勿論一部のSNSではそれらを中継して盛り上がる人々も出ている。
大人気インフルエンサーなどが一推しするチャンネルなどでは、鶴川朱麻里についての話題が大会前から事欠かなかったという。
『ミラノ・コルティナオリンピックで初の将棋崩し 将棋を差し置いて参戦』
『2026オリンピック競技「将棋崩し」では女性の鶴川七段が参戦』
『ミラノオリンピック まさかの日本発「将棋崩し」登場に全世界が震撼』
『ミラノオリンピック「将棋崩し」初の選手にして女性棋士 鶴川朱麻里の挑戦』
などと、様々な見出しが書かれていた。
特に朱麻里が29歳で(1月で誕生日を迎えた)それなりに美人ということもあって、ちょっとした鶴川朱麻里ブームが起こっているのも事実であり、朱麻里はそれなりの相手にきっちりとした服装で会見を行わなければならなく、タイトなスケジュールであった。
明智が比較的余裕があるのとはまさに対照的である。
「「オォォォォ……!!」」
3ターン目 後手 〇鶴川朱麻里(日本):王玉飛角金銀桂香香歩2 53点
3ターン目 先手 ●張近強(中国):飛角金桂歩4 16点
<1回戦、日本の鶴川朱麻里選手、北海道の誇り、朱麻里! 中国の優勝候補といわれる「”あらゆる中華拳法を使うザ・将棋ドラゴン”」張選手を破り、2回戦進出です! それにしても鮮やか! 天照神をイメージした服装と装飾に、アイヌ民族の紋様が入っているのが美しいですねー! この調子で2回戦もやってほしいものです!>
朱麻里が1回戦を終えて、控え室に戻ると、あの見知った赤ベストの男が脚を組んで座り、おどけた垂れ眼と手を大げさに開いて、出迎えていた。
思わず朱麻里も眼を見開く。
「明智……さん?! 日本の予選では敗退したはずじゃ……どうして……?」
明智は座ったまま大げさな手振りで説明する。
「ヒデト、二重国籍問題抱えてた。アメリカ生まれだから最初からアメリカ国籍ある。でもさ、日本人としても認められて日本の国籍もあるよ。だからさ、シュマリに負けたときはアメリカで勝てば良いってヒデト思った。だからアメリカ予選で優勝してさ……アメリカ代表として出てる訳……何か悪い……悪くなくない?」
「えぇ……」
「ヒデト思うんだけど、その格好、結構似合ってるって……それさぁ、多分凄いプロの人が作ったんじゃない……それっぽくない? あとさ……思うんだけど、ミラノって寒い……寒くない? もっとイタリアってあったかくても良いと思うの……それと、ヤングドーナツ忘れてきた……やばい……やばくない?」
かなりの化粧が施されているが、嬉しさと憎たらしさで、眼の大きさが豊かに変化したのがはっきりと分かる。
「そりゃ、そうでしょ……てか、シュマリ思うんですけど、こっちはマスコミ関係者に毎日のように囲まれまくってストレス抱えまくり。3か月で5キロ痩せたわ。そっちは自由にできて、毎日ハンバーガーライフだったんでしょうね。羨ましいわ」
明智は思わず5キロ痩せたって、むしろ今までどれだけあったの、と言いたかったが、すぐに始まる1回戦に明智は備えなければならない。
「それと……シュマリが29歳だってのもビックリ。もっと22、23とかそれぐらいだと思ってた……それくらい肌綺麗だし、雰囲気が若いって……思うの」
「そ……そんなことで褒められても、何も得することなんて無いし……?!」
少しばかり嬉しそうに朱麻里が目線を逸らす。
「じゃあ、行ってくるぜ……シュマリ、バイ……また会おうZE☆」
「えぇ、それまで、生き残りなさいよ……!」
かなり強い言い方だったが、やがて朱麻里のマスコミが来たようで、すぐに彼女はその場を立ち、離れていった。
かくして明智の1回戦が始まった。
対戦ようの机は薄暗い空間で、高級な榧製の脚付き盤に安っぽい樺製の駒とアンバランス。しかし、こちらの脚付き盤は無駄な塗料が塗られておらず、オリンピックに相応しい無駄のない組み合わせと見えた。
席はキューブ型の座席で移動自体は自由、盤の両横には10cmほど低い位置に駒を落とす盤と同程度のスペース。そしてそこにチェスクロックが置かれている。
そして、座席周辺では不協和音のようなものが常に出ていて、黒い霧がかかっているように見える。
<こちらNKD(日本将棋崩しを守る会放送)、この会場は特殊な空間らしく、重力や空調が常に変化するそうです。NKDがお送りする1回戦の対戦相手は、日本にゆかりの深いアメリカ代表の明智ヒデト選手、こちらは5歳頃から高校までと、30代以降が日本で、かなり日本語も堪能な方です! そして、なんとあの鶴川朱麻里選手とライバル関係にあるそうです! 対する相手はバチカン市国のジュゼッペ・ブッコ枢機卿! 現役のカトリック教会上位の教皇補佐官ですが、一時的な奉職免除らしいものを貰って参加、知らんけど――!! さぁ、まずは開始だァ――!>
ブッコ枢機卿はイタリア人、65歳と書かれているが、帽子のおかげで少しばかり若く見える。
ジャンケン、振り駒の結果、明智が勝利し、守備を選択した。
「妙な空間だな……どこか頭が痛いが、オリンピックに出る私には全く効かん。よし、私が陣形を組もう……次の教皇は私だ……」
「ヒデトも何か変な空気この空間から感じる……なるほど、コンクラーベだね……」
コンクラーベ by明智ヒデト
俺とお前と コンクラーベ
どっちが勝つか コンクラーベ
我慢大会 根比べ
どっちがでかいか 根比べ
俺はお前よりも カタコンベ
毎日引きこもり カタコンベ
引っぺがしてみろよ カテナチオ
お前は俺に カテナチオ
強固なだけに 教皇に近いぜ
さあさあ神よ オレヲエラーベ
神が選んだのは DIE五郎
俺とお前と DIE五郎
結果的に俺は マケドニア
やっぱDIE五郎はでけえよ 俺の負けドニアさ☆
「何やってんだお前……!」
制限時間ギリギリまで謎のポエムを呟く明智にブッコが痺れを切らした。
「何って、これ……”最終防衛構造体”……!」
箱の中からはドーム型の円形の「駒の塊」が姿を現した。
「ほう……日本人の血が入っている君が、これを使うのかね……これはパンドラ・ボックス……収縮させすぎた駒の塊は、自ら破滅を招くぞ……アーメン!」
ブッコが十字を切り、そのまま腕を振り下ろし、人差し指で一番したの駒を軽く弾く。
パァァン!!
その瞬間、駒が弾け、それが周囲の盤上に飛び散った。
王や玉も剥き出しになる。
「ヒデト思うんだけど……どうやら、中からはラプラスの悪魔が飛び出したようだ……まあ、これは初歩的な物理のギミック……反作用の法則によるものだけど」
1ターン目 先手 ブッコ(バチカン):0点
1ターン目 後手 明智ヒデト(アメリカ):0点
明智は駒同士を細かく組み込み、作用点を一カ所に凝縮させ、内側にエネルギーが収縮するようにし、触れることで簡単に弾けるポイントを作り出していた。さらに、それが発生しやすいようにさりげなく専用の脂を塗ってさらに強化している。
明智は飛び散った駒を勢いよくかき集める。
1ターン目 後手 明智ヒデト(アメリカ):王角角銀桂香歩2 34点
2ターン目 先手 ブッコ(バチカン):0点
「おのれ、明智……このおかしな空間を利用したか……! それで勝ったと思うなよ……アーメン! ”ランサー・ディ・ロンギヌス”!」
「何ッ?! まさか、爪に”ロンギヌスの槍”を……?!」
明智は審判の方を見るが、特に問題は無いらしい。
ブッコは中指に50cmはあろうかという赤い鉤爪を取り出すとおもむろに中指にくくり付け、駒を一網打尽に横薙ぎにしていく。
<ここで伝家の宝刀、”ロンギヌスの槍”が登場! これが聖職者か! まるで長い鉤爪を持った悪魔のような外見です! しかし、これには各国実況の方も動揺とガッツポーズを隠せません……!!>
「ぐぬぬ……なかなかロンギヌスが動かぬ……!」
しかし、予想以上に力点と作用点の関係で駒を運ぶのは難しいらしい。
”ロンギヌスの槍”はかなり湾曲しながらも歩を3枚ほど落とし、さらに駒を落とそうと唸る。
「物理って難しい……そして、ヒデト思いついたんだけど……”悲しみの舟☆死の未来☆毎日が床下浸水”!」
明智がイタリアの天然水「サン・ベネディット」の入ったボトルからの水が盤面の片側を埋めると、いよいよ物理的に不可能な荷重がロンギヌスの槍とブッコの中指の付け根を襲う。
しかし、彼が指を離せば明智の勝ちが決まってしまう。
限界点は訪れた。
バキッ……
2ターン目 先手 ブッコ(バチカン):歩3 3点
2ターン目 後手 明智ヒデト(アメリカ):王角角銀桂香歩2 34点
幸運なことにロンギヌスが折れただけで、ブッコの指の被害は軽微なようだが、人工の爪は破壊され、残る駒は明智にごっそり獲られてしまった。
「ロンギヌスがチョコバッキーしちゃったね! じゃあ、尺の無駄なんで……A☆BA☆YO!」
2ターン目 後手 〇明智ヒデト(アメリカ):王玉飛角角銀桂香香歩4 53点
3ターン目 先手 ●ブッコ(バチカン):歩3 3点
<以上、ここまで大技が飛び出すdynamicなバトルでしたが、これを制したのは日本、いやアメリカの明智選手です。明智選手勝利!!>
この会場は狭い。
しばしの休憩ののち、奥から現れたのは、黒く日焼けしたアフリカの空気を漂わせた将棋崩しの戦士だった。
※2026年ミラノ・コルティナダンペッツォオリンピック※
イタリアの北部で開催される予定となっているオリンピック。どちらも寒く雪が降る地域なので、スキーなどの冬季競技をやるのに適している。将棋崩しなら暖房やインフラが充実したミラノが理想的なのだろうか。




