4-5 オリンピック予選の定理 ~第5戦 鶴川朱麻里 戦~
決戦が始まろうとしていた。
明智は、朱麻里の視界からもはや逃げることはできない。
「へぇ、私の最後の相手が明智さんになるとは、つまり、明智さんもここまで全勝、ということですよね?」
「なるほどね……ヒデト、意味分かったよ……さっきから食べ物や飲み物がたくさん出たけど……ヒデトたち以外は全勝じゃないから、最終決戦をどうにかして盛り上げたいってことだね……ってことはシュマリ……」
「当然でしょ。食べ物なんか手を付けるもんですか」
「……DE☆SU☆YO☆NE!」
<つまり、明智と朱麻里には待機時間が与えられいて、それなりの豪華な食事や飲み物がふるまわれたが、山形の全国大会のことがトラウマになって、二人とも我慢してしまっているのである……! なんちゃって、ナレーションを入れさせていただきましたが、今回も柴田が実況を、そして審判は大会会長で、オリンピック委員でここのオーナーでもある、豊臣蘇芳氏にやっていただくこととなっております!>
「二人とも、頑張ってー!」
サクラが、声援を送る。
「ガッチガチに殴り合って! ゲロ吐くぐらいに遠慮なくね!」
琉花からも声援(?)が飛ぶ。
<”天王山のコペルニクス”こと、明智ヒデト選手と、”北海の白狼”こと、鶴川朱麻里選手の対決です! この紹介の順番は勿論、性差別云々とかそういうのではなく、やはり会員で有段者と非会員の違いですからね!>
「よし、シュマリとは何度やっても同じこと……”ヒデトのサンドバッグ・シュマリ”またの名を”ケマリ”、どっからでもかかって来な! 何度かかって来ようとボコボコにしてやるZE☆」
決戦のテーブルの前で相対した明智は、ベストとお揃いの赤い中折れ帽を派手に横に投げ捨て、髪をバサリと揺らす演出をする。
洋館風のこの建物と上質なルネッサンスシャツに下ろされたボブパーマがよく似合っている。
そして、これまでの対戦での服装の湿りと薔薇の香りが、絶妙なフレグランスをこれでもかと醸し出している。
「明智ヒデトさん、連勝記録はここまで……この鶴川朱麻里が、必ず……止めてみせる……!」
一方の朱麻里も、コートをバサリ、と思い切り脱ぎ捨てる。
両肩をフリルでさらに大きく見せており、ワッフル生地のブラウスにフレアスカートと、白と薄い赤、黒に染められた鶴をイメージした服装で固められている。
髪はいつものボブヘアーだが、毛先がよく見ると白と紅色になっており、目尻もわずかに紅が塗られている。
ジャンケンが始まるが明智、ここで大技を仕掛ける。
「じゃん、けん」の掛け声のところで大きく両手を回し、手が予測できないように演出しつつ、朱麻里の手をよく見てから、手を出す。
「ぽん」
朱麻里がグーで、明智が、チョキ。
そして、振り駒では朱麻里の凄まじい回転投法により、四枚が表になり、朱麻里は後手を選んだ。
「ちゃんと120秒で決めてね……必ず潰すから」
「はいはい……」
朱麻里は駒を箱の中に並べ、一度並べたあたりでその長い首をひねり、もう一度並べなおした。
そして素早く箱を伏せ、僅かずつ山を動かし内部の状態を確認すると、オープン。
「”金剛石民族共生象徴空間”!!」
クロックが高速で押される。
「何ッ……?! どういう陣形……これは……?!」
その駒の配列は今までにない恐ろしいものだった。
一番外側の駒だけを直立させ最低限に、残る駒は中央に至るまで僅かに外側に傾いて立っている。
その躍動感はもはや、北海道の象徴ともいえるウポポイの熱烈な盛り上がり具合のようであった。
<おっと、鶴川選手の山ですが、こんなものは初めて見ます! 全体的に外向きに駒が飛び出しそうな勢いを見せてるにも関わらず、ギリギリで持ちこたえている……! 明智五段、何で対抗するつもりかぁー?!>
明智もおかしな山に感動している間に山が動かず5秒が経過、そして残りは25秒。
ハッ、と明智はこの仕掛けの恐ろしい狙いについて予想する。
(ヒデト思うんだけど……もし”ダイヤモンド・ウポポイ”があと5秒で崩落して全部の駒が展開されたら……そうなったら駒は殆どがシュマリの胸みたいに真っ平になって、もしかして……シュマリが独占? それだけは……それだけは、許さない――!)
「”ムーン☆リバー”……」
「”ピリカ・ピヤシリ”(美しきピヤシリ)!」
明智は左側に置いた麦茶のボトルから半月状に波を起こそうとするも、その動きに反応して袖口からプラスッチックでできた透明のダーツ二本が明智のペットボトルを突き破り、机から叩き落とした。
「何ィッ……?!」
カシャーン……
山が完成してから9秒、何もせずして綺麗に、放射状に、そして静かに崩落する。
1ターン目 先手 明智ヒデト:0点
1ターン目 後手 鶴川朱麻里:0点
「鳴ったぞ! 次は後手、鶴川選手!」
明智が渋々、チェスクロックを押す。
<明智五段、ペットボトルの麦茶を使おうとするも、一瞬で鶴川選手に見抜かれて撃ち落とされる……それもこのままだと手番は鶴川選手のものかー?!>
朱麻里は、散らばった駒のうち、王が含まれる片半分の多くを中指で寄せるようにして盤外へと押し出していく。
王と飛、角、銀、桂2枚、香2枚、歩2枚が手に入った。
1ターン目 後手 鶴川朱麻里:王飛角銀桂桂香香歩2 38点
1ターン目 先手 明智ヒデト:0点
<一気に鶴川選手、片側の38点を得点! これは圧倒的な得点です! 無敗の明智選手も、さすがに呆然とするばかり!!>
明智はまだ麦茶の滴るペットボトルに刺さった透明なダーツの矢2本を眺めていた。
(カトリーヌ……まさか、シュマリが……?! だとしたら、どうして……?)
明智は、三年前のあの夜中、恋人だったカトリーヌの口内に撃ち込まれた毒薬のことを思い出していた。
(いや……そんなことはあり得ない……この女とは商店街で初対面だったはず……それにこのダーツは先がプラスチックだし、明らかに妨害用だ……まさか、賭博で多くの貸しがあったとか……そんなことは今はヒデトが考えている場合ではない……勝たないと……ヒデトは「崩し」をするために生まれてきた……だから、どんな手を使ってでも……まずは、この対局に勝つ!!)
明智は落ち着いて、朱麻里が奪った方とは逆側の駒を、その13cmはあろうかという自慢の中指で一気に包み込んで盤外に落とした。
2ターン目 先手 明智ヒデト:玉飛角金銀桂桂香香歩4 41点
2ターン目 後手 鶴川朱麻里:王飛角銀桂桂香香歩2 38点
<すかさず明智選手、反撃に出たー!! 一気に41点を取り返します! 素晴らしいデスゲームとなっていますね! 盤上の駒は殆どありませんが散らばっています!>
明智がクロックを押して5秒が経過したのを確認すると、朱麻里は明智の眼を盗んで、斜め側から緑茶を流す。
「”雨の旭川常盤ロータリー・濁流の石狩川”!」
緑茶がゆっくりと盤面を流れ、駒を浮かせていく。
朱麻里は駒が落ちないよう、確実に櫂を漕ぐように中指を這わせる。
途中で明智がペットボトルのキャップを回転させながら飛ばして緑茶の流れを変えて妨害しようとするも、これは朱麻里に察知されて幅の広い肩で弾かれ、彼女の中指は金3枚、銀2枚、歩4枚を巻き込んでいき、そのままゆっくりと落としていった。
「BA☆KA☆NA……? もしかして、これ……ヒデトの負け……?!!」
2ターン目 後手 〇鶴川朱麻里:王飛角金金金銀銀銀桂桂香香歩6 52点
3ターン目 先手 ●明智ヒデト:玉飛角金銀桂桂香香歩4 41点
<明智五段の抵抗も盤上で試される北海道の大自然の中で無駄に終わったようです! どうやら勝負ありました! 鶴川朱麻里選手、あの”天王山のコペルニクス”こと明智ヒデト五段を相手に勝利しました! 大金星です!! 鶴川選手優勝! おめでとう――!!>
「ありがとうございます! よしっ!! 勝ったぞー! これで明智さんも当然は立ち直れないでしょう!! サンドバッグにして差し上げました」
あまりにも嬉しかったのか、明智をやりこめた言葉を素直に声に出した。
そして、大会会長にしてオリンピック委員の豊臣蘇芳も思わず息を飲んで唸る。
「ふむ、これだけの熱戦ならオリンピックの種目にしても大丈夫そうだな……賞のトロフィーと、NSKKの無料永年入会権を贈呈する。それと、天目……ここで決めるのもなんだが、明智君が六段に昇格、鶴川さんは七段を授与ということで良いな? なんせ美人がこれだけの位置にいると見栄えも良い……姪の琉花もうかうかしておられんだろうよ」
(マジ……? シュマリ無料会員ってズルい……ズルくない……?)
明智が珍しく、賞の内容を聞いて歯を食いしばり悔しがる。
「兄貴、わしの一存では決められませんが、大体そんなもんでしょう。鶴川くんはこれまでの実績も申し分ないし、比較的堂々としておられるようにも見える」
豊臣蘇芳がまるで官位を授ける公家のような感覚で段位を指定すると、弟にして琉花の父、豊臣天目がそれに同意する。
「これで、鶴川七段と明智六段の誕生ね……油断していられないわ……!」
八段の琉花が、思わず声を漏らす。
明智はまだ、先ほどの朱麻里が放ったダーツ「”ピリカ・ピヤシリ”」を手に持って見つめながら、呆然としていた。
そして、この裏将棋界でのオリンピック予選(仮)は幕を閉じ、年が明ける。
――
ミラノオリンピックの季節が訪れる――
※振り駒※
審判(記録係)が振る、そうでない場合は年長者が振るというのが本将棋での暗黙の了解。ただ、振り方を頑張ってしまえば8割方勝つことができるとも言われ、これ専用の訓練をしている棋士もいるとか。




