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4-2 オリンピック予選の定理 ~第2戦 ピタゴラス一郎 戦~


 明智は木下一郎と対峙していた。


「ヒデト思うんだけど……ついこの前イチに勝ったばかりだから、今回も多分ね……ヒデトが勝つよ……知らんけど!」


「先ほどの戦い、見せてもらいましたよ……時間が余ったんでね……恐らく、これは僕が負けることはないでしょう……さぁ、ジャンケンといきましょうか!!」


 明智は木下の目を見た。


(ヒデト思うんだけど……イチは意地でも後手にしたい……だから、このジャンケンに異常に気合入れてるって……)


「さあ、ジャンケン……」


 日本式に一旦上に拳を振り上げて下ろし、次で手を出す手法を取って掛け声をしているが、木下はこの間も落ち着きなくグー・チョキ・パーを繰り返している。


「ぽん! いよっしやぁぁッァ!!!」


「ヒデト思うんだけど……そんなにジャンケン程度で気合入れてるイチ見て、ヒデトさ、ドン引きだって……」


 続いて木下は、振り駒でも異常な気合を見せる。


「来た、見た、勝った……! オール・フロント・スロー”さいは投げられた”――!!」


 木下の謎テクにより、全ての歩が表面になる。


「よっし!! じゃあ、僕が後攻なので、これから組みますね……!」


 ピピッピピッピピッピピ、 ピピッピピッピピッピピ……


 気合とテクのこもった圧倒的勝利、そして洋館に響く少しばかりうるさい口笛。


「はいはい……相変わらず口笛うるさい……うるさくない?」


(ヒデトこの感覚……知ってる。これって恐らく全国大会の、”即死系要塞デス・ボックス・死のピタゴラス・スライド”を作るときのイチの動き……つまりヒデトにイチの動きや狙い、全部バレバレってこと……でもさぁ……今回のって、結構ヤバいかも……)


「さぁ……この新型数学的スライドで今度こそカタを付けてやる……! ”ピタゴラス・イン・ワンダーランド!”」


 木下が不気味な笑みを浮かべ開けたそれはまさに「”死のピタゴラス・スライド”」と殆ど変わらないものだった。


 以前よりも溝が深く、安定感が増しているうえに、スライド上に駒が一見、見えていない。


 5秒が過ぎるかというところで、明智が気付く。


(――A☆RE☆DA!!)


 スライドの上に歩が今にも倒れそうな状態で載っている。

 勿論、明智の方向を向いて、だ。


 少しでも動かそうものなら、山ごと崩れそうでもあり、恐らくは上方向か下方向にしかずらすことはできない。


 木下がミネラル・ウォーターの入ったペットボトルを手に取る。


 襲撃が来ると思われる前に、明智は先に手を打った。


「イチ、名人の誇りってぇの……もう失ったの……? ヒデトさぁ、悲しいよ……」


 明智は少しだけ上方向へと歩をずらし、即死トラップを発動させるのを少しでも遅らせる。


 明智がねっとりとした動きで歩をわずかにずらしていく姿を見て、木下はペットボトルを手から離した。


「そうですか……しかし、全国大会制覇者の前では、誇りも何もない……人生はね、数学なんですよ。僕はあらゆる困難をそれで乗り切ってきた……埋立地の治安の悪いエリアで暴力団関係者に囲まれた時も数学の力で乗り切った……そして今回も全部それでカタが付く。「勝負だから」といつも言っているのは貴方ではないですか」


 20秒ほどして、チェスクロックが押される。



1ターン目 先手 明智ヒデト:0点

1ターン目 後手 ピタゴラス一郎:0点


 木下の手番。


 再び木下はねっとりとした動きで歩を先ほどより若干下の位置まで下ろして、クロックを押す。


1ターン目 後手 ピタゴラス一郎:0点

2ターン目 先手 明智ヒデト:0点


「ヒデト思うんだけど……もうヒデトが勝ってるって……勝ってない?」


「……え?」


 木下は明智を見た。


(まさかこの男……全く動こうとしない……おまけに指で秒数を数えている……これは、既にあと5秒から10秒までの範囲で歩が落ちる時間軸までのタイミングを絞っているという証拠……なら、先に水をスライダーの上にぶちまけるしかないか……?!)


 木下がペットボトルに手を伸ばしかけた直後、明智はチェスクロックを押す。


 その動きに合わせ、木下もペットボトルを下ろす。


2ターン目 先手 明智ヒデト:0点

2ターン目 後手 ピタゴラス一郎:0点


(明智がタイミングを知っている……? 5秒、まだ動かない、いや、明智の動きはそこじゃない、もしや、アレを使うのか……?!)


 6秒になったと同時に明智がおもむろに麦茶のペットボトルを持つと、歩の背後を狙いにいった。

 その動きに感づいた木下も同時に動くが、明智が早い。


「”最近になって環境汚染されてきたイグアス☆フォール”!」


「おのれッ……させるか!」


 明智の麦茶での妨害を水で阻止しようとするも、滑り台の配置は明智側にあり、圧倒的に不利。


 結果、水の入ったペットボトルを明智にぶちまけるという失態を犯した上、歩を盤外にボッシュートしてしまった。


2ターン目 後手 ●ピタゴラス一郎:0点(盤外落ちによる反則負け)

3ターン目 先手 〇明智ヒデト:0点



「本当にすみません。まさか……こんな事になるなら、最初から堂々と勝負するべきだった……!」


(僕はこの明智という男に、汚い戦いで挑むこと自体が、もはや無謀だったのだ……!)


「いや、そんなことないよ。ヒデトさ……こういう汚い読み合いとか好き……勝負ってさ、手段とか選ばないでやるべきだとヒデト思うの。だから、少しだけ今日はイチに、アメリカン感じた……だいぶさ、前よりも成長したよね、いや……常にイチは成長してるって」


 入浴剤と水でドロドロになった姿の明智が、おかしな匂いを充満させながら立ち去っていった。


――



「いよいよか、楽しみだね」


 明智の次の相手は、いよいよ念願のあの十冠、織田輝信である……!






※月間「KU・ZU・DO・MO」※

NSKKの月刊誌。主に年3万円を払った入会者のみに毎月発送される。冊子としては薄いが、表紙がカラー写真になっており、ここに顔が飾られる棋士は業界内ではかなりの栄誉である。

内容は半分はスポンサーなどからの宣伝だが、残り半分に「将棋崩し」についての上級段位者のノウハウや協会役員からの昇段のコツなどが書かれていることもあり油断できない。

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