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3-4 全国大会の定理 ~準決勝 北海道・鶴川朱麻里 戦~


 口元の左下のホクロに、つり気味の眼が明智を虎視眈々(こしたんたん)と睨んでいる。


「やあ、シュマリ。昨日は散々なことしてくれたね……ヒデト思うんだけど……もう勝ったようなもんだって……早速ボコボコにしてやるから、さっさと新幹線で帰りな。あと思うんだけど……それ、このホテルの浴衣と違ってる……違わない?」


 向こうの広間から入ってきた朱麻里が、複雑な文様の和服と頭に鉢巻のようなものを巻いているのを見て、明智が思わず口にした。


「まだドラえもんのような髭の跡が残ってるみたいで、似合ってますよ……フフフ、それからこれは北海道代表ということで、アイヌ民族の衣装を作ってもらったんですよ……まあ、道内大会で勝ったら貰ったというか……これを着るのを前提にここに来るのを無料にしてもらうとか」


「へぇ……そりゃおいしいボーナスだ……アイヌ衣装、熱いじゃん。でもさぁ、それを着たところでさぁ、絶対にヒデトには勝てないから……」


 すると、後ろからよく見知ったマイクを持った大柄な男・柴田が、浴衣姿で入ってきた。


<さて、準決勝となりましたが、”協会には意地でも入らない!”の鶴川選手、先ほど準々決勝で福岡の”ティッシュを物凄い勢いで抜く!”の橋本選手を空気の読めない猛攻でダブルスコアで負かしましたね。さぁ、準決勝の明智五段を前にした今の気持ちはいかがでしょう?>


「気持ちって……? すぐ終わるでしょうね……!」


 鼻をフンと鳴らし、最低限の言葉で済ませると、明智にも、


<だ、そうです。ここまで鶴川選手の方がだいぶ余裕があるように見えますが、明智五段は鶴川選手についてはいかがでしょうか?>


「あぁ……ヒデトまず思うんだけど、シュマリってモデルやってたとかで調子乗ってるけど、結構胴が長いって……だから上から見下ろされてる感じ常にある……あとさ、思うんだけど……胸がかなり控えめ。だから動きに無駄がないよね……そういう意味で、結構この戦い期待できるって……思うの」


<どうやら明智選手も全く譲るつもりはないようです。これはバチバチやってますねぇー。審判は準々決勝敗退の沖縄代表の南風原剛也さん、食事中、すみませんねえ!>


「いや、気にすることもないさー、サーターアンダギー食べる?」


 南風原が審判の最中に食べようと用意した、サーターアンダギーの一つを柴田に渡そうとするも、スルーされている。


「良いね……ヒデトがそれ、貰っておくよ……やっぱりもぐもぐタイムって必要。ヤングドーナツよりもこっちの方が日本庭園には合うし……」


「……じゃあ、始めましょうか?」


 結果、明智が両方で勝ち、明智が先攻、朱麻里は後攻となった。


「明智さん、いつも思うんですけど……これ、ジャンケンとか振り駒でさりげなくイカサマしてないですよね?」


 明智は少しだけカールした長めの髪をクルクルと弄りながら答える。


「まぁ……多少はあるよね。てぇかさ……ヒデトこれ思うんだけど……ジャンケンと振り駒で逆に普通に50%の確率で勝てるとかそういうの数学的に決めつけちゃってる人……ヒデト的には凄く滑稽なんだよね……」


 フッといった感じでサーターアンダギーにむしゃぶりつきながら、明智が馬鹿にした表情で朱麻里を見る。


「くっ、やっぱり対策はされていたか……」


 朱麻里は悔しそうな表情をしながらも、半分を分けてもらったサーターアンダギーを時折口に入れながら、120秒を制限ギリギリまで使い組み立て、箱を天王山に突き刺すようにして、オープンする。


「”絶景・死のウペペサンケ”!」


<出たー! 北海道のよく分からない山っぽいやつ! とにかく「死の」と言っているからにはかなり危険そうです。総じてギザギザしてますね、これは!>


 周囲の駒が全て斜め立ちしており、その間に恐らくは王や玉を守るようにしてギザギザの不規則な駒でできた山脈が立っている。


 クロックが押されてから5秒が経過したことを確認した明智は、南風原から貰った紫色のサーターアンダギーをさっさと食べてしまい、手に良い感じに付いたザラメのざらざら感を利用して駒を引っかけ、まずは銀を一枚獲得して様子を見ることにした。



1ターン目 先手 明智ヒデト:銀 2点

1ターン目 後手 鶴川朱麻里:0点


「その程度でしょうね……」


「このサーターアンダギー、ねっとりしててなかなかおいしい……沖縄あたりってさ、アメリカを含む外国の影響で砂糖の栽培文化ができたんだよね……あれ、ちょっとねっとりし過ぎてない……なんかヒデト思うんだけど……少しお腹痛いって……ちょっとやばい……やばくない?」


 朱麻里も既にサーターアンダギーを食し終えたところで、早くもこの「仕掛け」の解体作業に夢中になっていたが、腹部に異変が起きているようだった。


「あれ……? うっ……言われてみれば、お腹痛いかも……」


 しかし、朱麻里は涼しくも凛とした表情で、桂2枚を引っ掛けて取り去って素早くクロックを押す。


1ターン目 後手 鶴川朱麻里:桂桂 4点

2ターン目 先手 明智ヒデト:銀 2点


「あのさ……言いにくいんだけど……お二人とも、なんかこのサーターアンダギーだけど、芋の分量が多くて、中身ちょっと腐ってるかもしれないっさ……」


 南風原がそうぼやいた時には既に遅し。


 明智は腹がグルグルと鳴っているのをクロックのカウント以上の危機ととらえ、ウペペサンケを突き倒した。


 ガシャ……


 詰まるような音とともに、山は斜めに崩れ、まだ孤立した駒は丘の外に飛び出した歩1枚のみ。


2ターン目 先手 明智ヒデト:銀 2点

2ターン目 後手 鶴川朱麻里:桂桂 4点


「……タイム! 審判、協会の人……ちょっとお花を摘みに行ってきて良いですか……?」


 朱麻里が腹を押さえながら南風原や柴田に声をかける。


<すみません、こういう事態であっても中止はできないと協会の規定にあるんです。さぁさぁ……どうする! 鶴川選手も明智五段もかなり苦しそうです! 観客の皆さんに宿のスタッフさんがいらっしゃったら、救急箱や胃薬の用意を――!!>


「ルールはルールど、俺だったらさっさとひんぎる(立ち去る)さ、でも我慢するのもそれはそれで良くないさー。このあたりは沖縄では個人の自由だからね」


 自分が原因でこうなっているのに、南風原はまさに他人事である。


 朱麻里は這うようにして前に出て、崩れた駒から手前にある金と歩3枚を持ち去る。


2ターン目 後手 鶴川朱麻里:金桂桂歩3 9点

3ターン目 先手 明智ヒデト:銀 2点


「ヒデトさぁ……よく敵作る……小学校の時もそうだった……アメリカ大好きなだけで結構色んなところから喧嘩売られた。でもさ……こういう痛みってさ、耐えてるうちにいつかは温もりに変わっていく……今回のもそれと同じかも……」


 明智は腹を極端に傾けた姿勢で、玉のある崩落部の頭の駒を一気に持ち上げ、パーマされた髪が盤の上に触れるかギリギリのラインで引きずって盤外に出していく。


 玉、飛、香と歩2枚が手に入った。


3ターン目 先手 明智ヒデト:玉飛香銀歩2 26点

3ターン目 後手 鶴川朱麻里:金桂桂歩3 9点


「はぁ……はぁ……」


 朱麻里は、鉢巻を外して口を猿轡さるぐつわのようにきつく縛り、腰の帯もかなりきつく縛って、尻を突き出すような恰好で顔を真っ赤にしながら切れ長の眼を見開いて耐えている。


 苦しみか、恥辱かと言われれば、両方だろう。


「シュマリってさ、凄いと思う……全身から”崩し界のチャンピオンになる”ってオーラがバチバチに出てる。でもさぁ……ヒデトも辛いんだけど……多分、限界も来てる。これって……前から出すか、後ろから出すか、もうそういうのがリーチかかってる状態……凄い迫力だよね」


 煽られてブチ切れたのか、朱麻里はよろよろと右手を突き出したと思うと、突然キビキビした動きになり、素早く王を含む角、金、銀、歩2枚を盤外に追い出した。


「山が……呼んでる……! ”コール・オブ・トムラウシ”(トムラウシの呼び声)――!!」


3ターン目 後手 鶴川朱麻里:王角金金銀桂桂歩5 36点

4ターン目 先手 明智ヒデト:玉飛銀香歩2 26点 


<凄い執念です! なんと協会に意地でも入らない鶴川選手、トイレにも意地でも入らない力を見せています。何かに取りつかれているようなすさまじい動きで27点を獲得!!>


「うぐっ……!! ヒデトもう出そう……これはやばいの来てるかも……でもさぁ……終わったらスッキリできると思えば……こういうのって後が楽しみだよね……あと二回で終わらせるから……悪いけど……ヒデト必ず勝つから……勝負ってそういうことだから……」


 明智は全身の筋力を上半身だけに預け、下半身ではひたすら湧き上がってくるグツグツしたものを括約筋で踏ん張って耐えている。


「”王手☆オブ☆トムラウシ”!!」


<おーっとここで明智五段が王手を宣言しました! 凄い自信ですね! これで次まで回せばあと一手でいけるか……?!>


 明智は汗をだくだくと流しながら、飛・角・香2枚・歩3枚を落とした。


4ターン目 先手 明智ヒデト:玉飛飛角銀香香香歩5 43点 

4ターン目 後手 鶴川朱麻里:王角金金銀桂桂歩5 36点


「……回さない!!」


<鶴川選手、凄い表情です。もはやウルフ! いや、北海道のヒグマのような勢いだ!!>


「回れ、回れ……シュマリのお腹の中でどんどんグルグル回れ……!」


 自分も苦しいのにも関わらず、明智が必死に煽る。


 朱麻里は、最大の駒である金を使い、金、銀2枚、桂2枚を次々と落としていった。


 しかし、クロックのアラームが残り10秒を切り、5、4、3とどんどん秒刻みのアラーム音が自然と朱麻里を煽っていく。


 ついに諦めて金を盤外に落とした。


「やったか……?!」


4ターン目 後手 鶴川朱麻里:王角金金金金銀銀銀桂桂桂桂歩7 50点

5ターン目 先手 明智ヒデト:玉飛飛角銀香香香歩5 43点 


<おーっと、あと1点足りません! 鶴川選手、明智五段をあと1歩のところまで追い詰めましたが、これで残りを全部明け渡すか……?!>


「うっそ……! あと1点だったのに……ぐうぅッ……!」


「シュマリ、トイレ行ってていいよ……その代わりさ、ヒデト約束するから。次の手番でヒデトが全部獲れなかったら、シュマリの勝ちで良いって……オーライ?」


「あ、あ……うん……おーらい……オォォォォォ!!」


<明智五段、ここで男を見せましたね! 取れなければつまり、明智選手が負けても良いと宣言しました。そして鶴川選手……! お花を摘みにシュートォ!!>


 鉢巻を放り投げ、帯を解いて、凄まじい速度で廊下を駆けていく朱麻里。


「結構辛いよね……これって、だってヒデトも限界とかきてるし……」

 

 その間に、明智は香を使って四方に散らばる歩を回収し、ときおり雄たけびを上げたりし、危険な状態にある肛門に全意識を集中しながら、ダクダクの汗まみれになって最後の一枚を回収したところでようやくクロックを押した。


5ターン目 先手 〇明智ヒデト:玉飛飛角銀香香香香歩11 51点

5ターン目 後手 ●鶴川朱麻里:王角金金金金銀銀銀桂桂桂桂歩7 50点



「シュマリ……ユーは本当に強かったよ……でもさぁ……胃腸力いちょうりょくでは完全にヒデトにGUNBAIが上がったようだNE☆ あ、やべぇ……ちょっと出たかも……」


<これは僅差で明智五段が勝利! 決勝戦進出です! 胃腸というよりも、単なる体重に対する毒物の比率で明智五段が有利な気もしますが……あと、不穏な言葉が出ましたが、聞かなかったことにしましょう……以上、決勝戦までここに「あちら側」の勝者を呼びます!>


「早くトイレ行くと良いさー」


「あのさぁ……ユーさぁ……」


 明智は南風原の、他人事のように忠告する態度にイラッとしながらも、そそくさとその場をトイレに向かってバイバイキンしていた。


 もはや決勝戦の準備以前に腹の決壊線との戦いが幕を開けていたのである――


 そして、全国大会はいよいよ佳境を迎えようとしていた。



 決勝戦である――!






※体調不良※

体調不良の場合、1対1の勝負であれば前もって申告すれば延長が可能であるが、トーナメント戦などの大会では容赦なく不戦敗となる。ましてや対局中の食事が原因であれば言語道断。

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