3-3 全国大会の定理 ~準々決勝 沖縄・南風原剛也 戦~
明智の次の日の朝は、グロッキーな状態でスタートとなる。
対戦相手の陽気な声が耳に張り付くようだ。
「ヤーサイ! お兄さん、起きてる? なんかどっかのハードロック好きのギタリストみたいに顔にヒゲ書かれてるっさー。 俺は南風原剛也、沖縄代表さ」
南風原はいかにも沖縄なソフトモヒカンヘアの若者で、良く日焼けしていて筋骨隆々だ。
対する明智はというと、朱麻里に本将棋で何度もボコボコにされ、昨晩大量の地酒を飲まされた上、顔に落書きを描かれてしまい、二日酔いも冷めやらぬうちに既に10時となって、気が付くと準々決勝になり、沖縄代表との対決が始まっていた。
ちなみに明智は酒にはかなり弱い。
「なんかね……油性でやられたみたいで、これ大人のやる事じゃないじゃん……酷い……酷くない? ところで、うるさい実況が消えて割と静かになったよね」
どうやら福岡代表の”ティッシュを凄い勢いで抜く!”ギネス記録保持者で国民的インフルエンサー、橋本ゆずはが参加し、ベスト8進出ということで、それを昨日の深夜知ったメディアが朝から詰めてきており、宿全体が大騒ぎになっているらしい。
柴田もそちらに持っていかれたのだろう。
「と、いうことで、八段の2回戦”敗者”豊臣琉花が審判をすることになりました。よろしくね……」
ニヤリとしながら明智に圧をかけてくる……もちろん、贔屓がある可能性は充分に考えられ、そして熱烈なファンは宿泊しているみたいで、未だに撮影を続けていた。
ジャンケンと振り駒の結果、明智が制し、後攻を選んだ。
南風原が箱を開け、120秒ギリギリまでを使い、山を完成させる。
ピューイという口笛とともに、口上が述べられる。
「ウチナーの誇り……”ザ・ヒメユリ・タワー”!!」
「タワー? ヒデト沖縄でそこ行ったことあるけど……思うんだけど、多分こんなんじゃなかったと思うの……」
キューブのような四角の山の上に、四枚の香車が四方を向いて垂直に立っている。
5秒経っても動かないことを確認すると、明智は行動を開始した。
「あたしも行ったことあるけど、あれ、小さい石碑でお墓みたいな感じよね? でも、果たしてこの囲いに勝てるのかしら……?!」
琉花がすかさず煽りを入れる。
ピューイ! ピューイ!
「イヤササ! さぁどーする、どーするばよヤマトンチュ、アケチ! イヤササ!」
(ヒデト思うんだけど……人数少ないのに審判も対戦相手もうるさいって……あと思うんだけど……結構二日酔いの影響でうるさいの苦手だって……)
明智は時間切れを恐れてすっと右腕を伸ばし、親指で押し込むようにして崖の縁から何とか銀と歩の2枚を獲った。
1ターン目 先手 明智ヒデト:銀歩 3点
1ターン目 後手 南風原剛也:0点
一方で南風原は、5秒間待機した後に、パイナップルのような黒髪を揺らしながら、リズミカルに指笛を鳴らし、素早く日焼けした中指を突き入れ、返すようにして大きな穴を作った。
「ハイサイ! ”マン・ザ・モー”!!」
南風原が角と歩3枚をくり抜くようにして獲ると、そこは沖縄のどこかにある万座毛のような形になって駒でできたゾウの鼻のような脚で山が支えられている状態となった。
1ターン目 後手 南風原剛也:角歩3 8点
2ターン目 先手 明智ヒデト:銀歩 3点
「ヒデト思うんだけど……沖縄の人ってすげえ。みんなさ、アメリカと深く関わってる。ヤード・ポンド法も取り入れてるし、いっぱい米軍基地ある……だからさ、ボーイみたいな国際試合向けの相手とね、ヒデトやりたかった……だから……」
(うそ……この状態からまた獲るの……?!)
琉花は信じられないという眼で見ていたが、南風原は特に動じもしない。
ビューイ! ピューイ!
5秒以上様子を見てから、明智はその13cmはあろうかという長い中指で山の洞門に突き入れ、そのまま獲れるだけの駒を素早く音もたてずに自分の方へと引き寄せていく。
「……”ザ☆モン☆シュレイノ”――!!」
「なっ……?! この指、この豪胆さ、マジムン(怪物)の力か……?!」
明智はまたたく間に飛、桂と歩2枚を入手した。
香4枚が崩れずにまだ立っているのは、まさに守礼の門のような状態になった山の上だ。
2ターン目 先手 明智ヒデト:飛銀桂歩4 12点
2ターン目 後手 南風原剛也:角歩3 8点
(これだけ掘ってもまだ王や玉が全く見えんさ……これはでーじ困った対局だば! 持久戦に持ち込むしか、考えられんさ……!)
「発動! ”時空要塞、ティンダ・ハナタ”……!!」
タワーに多い被せるように歩を動かし、わざとそこで止める。
歩が一枚落ちただけで、いよいよ山は時限爆弾の様相を見せてきた。
2ターン目 後手 南風原剛也:角歩3 8点
3ターン目 先手 明智ヒデト:飛銀桂歩4 12点
(1点は獲らせてやるさ……だが、時間が経てば崩れる……その隙を見逃さないやっさ。状況によっては明智のターンで”ザ・ヒメユリ・タワー”が崩れて盤外終了……それがウチナンチュの男のアチコーコー(熱いという意味)の力よ……!)
「さぁ、5秒は経ったね、早くするといいよ……」
「あのさぁ……ヒデト思うんだけど……その陣形って確かにすげえし、崩れるのって怖え……でもさぁ……それを打ち砕くだけのミサイル持ってる。アメリカ人ってさ……常に正しいことのためにミサイル使う……それがこの歩……!」
明智は汗をかきながらも、中指に神経を全集中させた。
「はぁ……?」
「”ジ☆アメリカン☆巡航☆ミサイル”!!」
ガシャン……
明智は歩を中指でバチン、と叩くように跳ねさせると、ヒメユリ・タワーの上に着弾させ、鉄壁の守りを崩して一気に瓦礫の山と化した”ティンダ・ハナタ”が盤上に残った。
3ターン目 先手 明智ヒデト:飛銀桂歩4 12点
3ターン目 後手 南風原剛也:角歩3 8点
「ほら、獲ってみろよ、ウチナンチュ……米軍のヒデトと一緒にヴァイキング作戦しようぜ」
「ありっ?! これはむしろチャンスだば……もうやるしかないさ! ワッター(俺たちという意味)の誇り舐めんな……!」
ピュイー!
「ハイタイ! ”ハブト・タタカウ・マングース”!!」
南風原は急いで王に中指を合わせると、マングースのような速度とハブのような獰猛さを兼ね備えた指捌きで、残りの駒を芋づる式に一直線に王、飛、金、香、歩と回収していった。
「見えた! もうこれで俺のほとんど勝ちやっさー!」
「あのさぁ……ヒデト思うんだけど、それってあんまり戦ってない……実は沖縄のマングースってさ……あんまり戦ってないよね……結構在来種食うとか言われてるし……それは弱い、残念だけど弱いんですよ……ヒデトにとってはね」
3ターン目 後手 南風原剛也:王飛角金香歩4 31点
4ターン目 先手 明智ヒデト:飛銀桂歩4 12点
「本当のヴァイキングってさ、こうやってやるよね……”秘儀☆30秒くらい暴れ続けるオニヒトデ!”……オニヒトデについては詳しく知らんけど――!!」
「なっ……? そ、それがあったさ……!!」
「すごい……なにこれ……玉が盤上を回ってる……!」
明智は玉を使い、残った駒という駒を一筆書きにして次々と落としていく。角、金3枚、銀2枚、桂2枚、香3枚を回収したのを確認した後、歩と一緒に玉を盤外に出した。
4ターン目 先手 〇明智ヒデト:玉飛角金金金銀銀銀桂桂桂香香香歩4 53点
4ターン目 後手 ●南風原剛也:王飛角金香歩4 31点
「ガール、ヒデトの勝ちで良いよね?」
明智が琉花に問う。
「はい、準々決勝は明智五段の勝ちで終わり! 悔しいけど!」
駒を片づける明智に、南風原は落胆した様子で肩を落としていた。
「こ、これは無理やっさ。ウチナー帰ったら、俺が破った親父や弟や妹に顔向けもできんばねー」
「沖縄大会って、南風原さんの家族だったの?!」
次の対戦相手を早くも探そうとしている明智よりも、琉花の方が南風原を気にしていた。
「そうさ、ウチナーでは将棋の棋士も少ない中で、崩しになっと、もう俺の家族しかプレイヤーがいないさ、だから4人で家族で誰が全国大会出るか決めたば……」
「マジー?! これSNSで沖縄大会は家族大会ってウケるからネタにして良い?!」
バズりネタにしようとしている琉花とは対照的に、明智は冷静だった。
「ヒデト思うんだけど……ボーイとは結構良い勝負できたって……自分から「山」崩すなんてなかなかできないし、ヒデトに先に手を出させて、最後の詰めが甘かっただけだよね……だから、また勝負しに来いよ……ボコボコにしてやるからさぁ……あと、思うんだけど……このへんとか、温泉もあるし、本州の原風景とか凄く楽しめると思う。だから、美味いもの食べてさ、観光してから飛行機乗れば良いと思うよ」
「そうだね、明智さんとはそのうち、世界大会で会ったら必ず破ってやるさー」
二人はがっしりと握手をして、そしてこの頃には明智自身も凶悪な二日酔いからも醒めつつあった。
そして次の相手は、あの日に商店街で会い、昨晩酷い目に遭わされた、あの女だった。
※対局とフィジカル※
言うまでもなく二日酔いなどは致命傷となる。このあたりは本将棋と比べて明らかだろう。将棋崩しは単に脳をフル回転させるだけでなく、手元の緻密さなどの運動神経が問われる対局である。




