3-1 全国大会の定理 ~1回戦 宮城・伊達ムネヲ 戦~
10月の上旬ということで、だいぶ涼しくはなりつつある。
「あのさぁ、ヒデト思うんだけど……参加費が往復切符代24000円、宿代1泊2食46000円で一人70000円って高い……高過ぎない? しかもさぁ……これ、NSKKに振り込んでるからね……絶対どこかで中抜きされてるよね……ボッタクリ過ぎじゃない?」
「まぁ、まぁ先生、埼玉代表大会で優勝したんだし、崩し界で全国制覇、したいんでしょ?」
山形新幹線の車内。
全国大会はあたかも当然のように、山形の将棋の聖地・天童で行われ、無駄に高級な「天童温泉・玉瑛之庭」という日本庭園型高級ホテルを指定されている。
明智はがっつりと伸ばしたボブパーマに普段のルネッサンス調シャツに赤いベスト、赤い中折れ帽を被っており、よりコペルニクス臭さが出ていて、時折すれ違う人に振り向かれたり、二度見されたりしている。
「あのさぁ……サクラは親御さんにお金出してもらってるから良いよね。しかも子供は半額だし」
「すぐ子供扱いする……山形なんてめったに行けないし、優勝したら日本一のトロフィーと豪華賞品って書いてありますよ! 豪華って何でしょうね?」
「だいたい、このホテル、料金固定されてるし……絶対協会が一部ボってるよね……ボってない? あとさ、なんで父親って設定で一緒の部屋になってるの? ザ☆子供扱いじゃん、サクラ」
「それはまぁ……安くなるし……とか、一応うちのパパとママにも将棋の先生が顧問だって話してあるし……」
来年には6年生なんだから少しは恥じらいをもちなさい、と思いながら、明智は「山形牛肉ど真ん中弁当」一気に掻き込む。
「送迎のバスで着いたらさ、お風呂入りたいよね……入りたくならない……?」
――
かくして、天童の温泉宿にて、チェックインするなり風呂休憩などは一切無視されて大会の会場へと連れて来られ――
明智は、ところ狭しと並ぶ選手たちや何人かの見知った顔ぶれを確認することとなった。
<さぁ、やってまいりました全国大会! わたくし、柴田健太郎が天童市からお送りしています。1回戦から早速注目の選手です。宮城代表の伊達ムネヲ選手、4人の猛者が衝突する宮城大会の激戦で見事優勝して、天童入りを果たしました。試合前の一言は「仙台舐めんな」だそうです! 対する埼玉代表の明智選手の一言は「ヒデト思うんだけど……山形って日本のどのへん?」だそうです!>
1日目は14時開始。
50畳はあろうかという大広間の座敷は、それなりの人数が集まっているにも関わらず、庭園も見わたせて落ち着いている。
しかし、樺製の安っぽい将棋駒に、本榧製の脚付将棋盤というなんともアンバランスな組み合わせ。そして脇には台とチェスクロック。これが崩し界のカオス具合を現している。
紺色の丁度良い厚みの座布団はそれを中和するような程よい座り心地だ。
「ヒデト思うんだけど……まず温泉旅館入ったら大露天風呂でしょ……あとさ……チョコバッキーとかそういう冷たいスイーツ食べたい……あとまた実況の声うるさい……うるさくない?」
「あのさ、あんた誰に言ってんの? もう始まってんぜ」
伊達に声を掛けられ、ふと明智は我に返る。
伊達は茶髪にオールバック、小さな目に縁の厚いメガネをかけていて、堂々と温泉の浴衣を着ていて、一見柄の悪そうな40代くらいと思われるの肥満体型の男だった。
一方の明智は汗をかいて先ほど顔を洗ったせいか、いつものベスト姿にややストレート気味の長髪といった風体であり、いつもよりさらに少し若く見える。
「あ、ごめん。1回戦でヒデトに負ける人……だったね。宮城代表の伊達さんだっけ?」
「俺ね、宮城ってか仙台代表。仙台代表で来てっから。あと伊達政宗の子孫って言われてる。つーか今結構腹立つこと言ったよな」
「そう……気が合うね。ヒデトも明智光秀の子孫だとかそうでないとか言われてるよ……知らんけど。じゃあ、ジャンケンやろうか」
色々あった結果、伊達が勝ち、伊達の先攻ということになった。
(ヒデト思うんだけど……「山」が榧の無駄に高級な盤のせいでこれ、結構作るの難しい……難しくない……?)
明智が作った「山」は、歩で中央を覆い隠すような、かまくらのような形をしていた。
一見すると中が見えない。
「”ザ☆立体穴熊”」
<出ました、明智選手の”立体穴熊”! 初めて見ますが、穴熊というからには中に王と玉が入っているのでしょう! ここからは全く見えない!>
クロックが押され音が鳴り、30秒のカウントが始まると、伊達は一瞬、小さな目を見開いて、
「え、これで穴熊……ハハハ、薄っぺらいな、「白松がモナカ」の皮ぐらい薄っぺらい防御だ。いくぞコラ……”秘儀、笹かま剥がし”……!」
「ん……笹かま?!」
思わず明智が目を見開く。
伊達が分厚い肉に包まれた中指で繊細にも上から歩のドームを剥がすと、榧の盤に直立した状態のまま、静かに歩が4枚、軽く回転がかかるようにして指にへばり付き、そのまま盤外に出た。
「物理法則をかなり無視している……! ヒデト思うんだけど……凄い中指の肉……凄くない?!」
<伊達選手、歩の壁を難なく剥がしていきます。まるでタコ男だ……!>
「これは仙台の笹かまぼこを焼く場面みてえなもんだ。知ってる? 笹かま。こうやって回転してっから全体が焼けるんだぜ(実際は仙台市内ではそんなに作られている訳でもないらしい)!」
1ターン目 先手 伊達ムネヲ:歩4 4点
1ターン目 後手 明智ヒデト:0点
「でもさぁ、結局、山って作った方が有利。それとヒデト思うんだけど……白松がモナカよりもヒデト的にはこっち派かな……」
口の中に茶色いお菓子を頬張りながら、明智は次の一手を繰り出す。
「あれは……新幹線でたまに売ってる福島の薄皮饅頭! 確かに薄っぺらいな!」
<おっと、明智選手、饅頭のあんこを中指に付けたまま、穴熊の内部に指を突っ込んだー!>
「何ッ……?!! あんこが勿体ねぇ!」
明智は伊達が剥がした歩のさらに内側をくり抜くようにして、あんこのわずかな粘着力を活かしながら中駒を二つ、三つとこそぎ取っていった。
1ターン目 後手 明智ヒデト:桂桂香歩 7点
2ターン目 先手 伊達ムネヲ:歩4 4点
「伊達ちゃんさぁ……結構さぁ、1回戦のかませDOGとしては丁度良い強さかも……ってヒデト思うの」
「くそぅ! お前態度気をつけろよ……東北魂舐めてんじゃねえぞ! ”仙台松島の焼ガキ生くり抜き”……!」
<伊達選手も負けていません! ついに松島も仙台に吸収させながら牡蠣をくり抜くような動作で一気に穴熊をほじくり返す! もはやこの山、いつ崩れるか分からないモンスターハウスと化しています!>
2ターン目 先手 伊達ムネヲ:銀香歩6 10点
2ターン目 後手 明智ヒデト:桂桂香歩 7点
「ヒデト思うんだけど……このまま行くといずれヒデトが確実に宝を手にするって……そういう流れ、できてる……できてない?」
明智はさらに奥の大駒に歩を落とす戦術を饅頭のあんを使いながら中指でほじり、山に視線を全集中していると――そこに伊達から閃光が走る!!
「”SENDAI・光のページェント”!!」
「ウッ……すっごい眩しい……ヒデトこれ、もしかして、眼、やられた……やられてない?」
伊達が眼鏡の縁に手を当てると眼鏡の装飾部分から眩いばかりの光線が、明智の眼を襲い、視覚を奪った。
相手の手番の時は、物理的な妨害、つまり駒に直接触れるものは全て反則とされているが、ミスを誘うための間接的な妨害であればある程度のものが認められている。
<これは汚い! まさかの伊達選手、眼鏡にギミックを仕掛けていました! しかも地元仙台のなんかお祭りみたいな名前が入ったーッ! これはお祭りにとっても冒涜も良いとこでしょう!>
ガラッ……
思わず明智が音を鳴らしてしまう。
「審判の人さぁ……これさぁ……ズルい……ズルくない?」
「まぁ……大丈夫でしょ。続けてください」
明智が合図を送るも、審判の本田(山形予選負けの協会員)は、試合続行を促す。
最低限の被害で持ち直したものの、明智は音を立ててしまい、伊達のターンになる。
2ターン目 後手 明智ヒデト:桂桂香歩 7点
3ターン目 先手 伊達ムネヲ:銀香歩6 10点
「伊達ちゃんさぁ……それって、もしかして伊達メガネ……?」
「はいはい伊達メガネ正解、正解、王様いただきまーす!」
伊達が王と香・歩2枚を崩れた部分から奪い取る。
3ターン目 先手 伊達ムネヲ:王銀香香歩8 30点
3ターン目 後手 明智ヒデト:桂桂香歩 7点
「次に玉と1枚取れば、まず終わりだな……明智光秀の子孫さんよぉ……」
「あの明智って奴、「伊達△ちゃんねる」を知らないのか?!」
「「伊達△ちゃんねる」見てればあんなの来るってすぐ予測できるんだけどなァ……」
ギャラリーが騒ぐ。
どうやらSNS上では伊達がこれを常套手段として対戦やネタでよく披露していたので、一部では有名になっているらしい。
「ヒデト思うんだけど……東北ってでけぇ……でもさぁ……ヒデト、アメリカ知ってる。カリフォルニアだけで日本と同じくらいでけぇ……そういう意味でさ、この勝負、ヒデトに負けは無いって……思うの」
既に目の眩しさから回復した明智が、比較的隙が生まれた玉に手を伸ばす。
「”SENDAI・光のページェント”っ!」
「”ブリリアント☆プロミス~明日への約束~”……略して埼玉☆けやきウォーク!」
「ぐぁぁッ!!」
伊達の伊達メガネから放たれた謎の光線は明智の腕時計に組み込まれた複雑な角度の透明のベゼルによって増幅反射され、腕のスナップで伊達の両方の瞳に向けて放射状にビームを放つ。
<おーっと、どうした!! 伊達選手、明智五段のまさかの光のページェント返しにすっかり視力をやられてしまったか――?! 先ほどまでの勢いがありません!>
完全に伊達は視力を奪われる形となる。
明智はそのままの体勢で残る高得点である玉を動かしながら、そのまま飛、角2枚、銀2枚、歩3枚を落としていった。
そして素早くクロックを叩く。
3ターン目 後手 明智ヒデト:玉飛角角銀銀桂桂香歩4 44点
4ターン目 先手 伊達ムネヲ:王銀香香歩8 30点
伊達は眼鏡を外してつぶらな瞳で何とか目の前にある駒を辛うじて攫う。
だがたった30秒で両目の視界を元に戻すのは不可能だった。
「くそっ、眼が全然見えねェ……!」
4ターン目 先手 伊達ムネヲ:王金銀銀香香歩8 34点
4ターン目 後手 明智ヒデト:玉飛角角銀銀桂桂香歩4 44点
「丸見えの飛も見えないとは、伊達ちゃんの眼さぁ、すっかりFUSHIANASANだね……」
<独眼竜の野望、もはやこれまでか……! これは、勝負ありましたね……!!>
そしてトドメとばかりに、明智が駒を掻っ攫っていった。
4ターン目 後手 〇明智ヒデト:玉飛飛角角銀銀桂桂香香歩5 52点
5ターン目 先手 ●伊達ムネヲ:王金銀銀香香歩8 34点
「俺の負けか! 負けなのか! さっさと美味い飯食って、風呂入りてぇなぁ……もう良いぜ!」
<1回戦、宮城代表 VS 埼玉代表は、埼玉代表の明智ヒデト選手の勝利です!>
「すっごい将棋盤ベタベタしてる……もしかしてヒデト、大会関係者に迷惑かけた……かけてない?」
「あのさ、先生……絶対今のあんこってこんなに良い将棋盤でやる技じゃないよ」
サクラに突っ込まれた明智が余った饅頭を茶で流し込もうとする頃には、すぐに2回戦が始まろうとしていた。
対戦相手が近づき、ふわりと、何かの花のような香水の匂いが明智の鼻を包んでいく――
※もぐもぐタイム※
公式では対局の前後のみならず、対局中でも食事をすること自体は認められている。ただし、公式に注文をしたりはできず、全部自前で持ち込むこと。対戦相手にプレゼントするのも有りとされている。




