七、週一回の外出
ナツヒの調子は日に日によくなっていった。
その次の日は、寝台の端に座るようになり、毛布は暑い、と薄い掛け布団になった。
寝間着も徐々に軽装に変わり、部屋を歩き回っていた。
キサラの勧めで、入浴や散髪を行い、長かった髪は短髪に整えられ、二つの赤い角が存在感を放っている。
キサラが用意した薬を、決まった時間に飲むという習慣も身についてきたようだ。
「ナツヒ様。今日の調子はいかがですか?」
「わるくない」
キサラが紅家に来てから一週間が経とうとする日。
キサラはいつもよりも早い時間にナツヒの部屋に来ていた。
「なんだ、今日は早いな」
「はい。この後、用事があるので」
「用事?」
手早くナツヒの体を確認して、記録をつけていく。
「一週間に一回、別の場所で仕事をしています。また、家の仕事もたまっているでしょうから、今日と明日は不在です」
「……なんだと?」
「代わりは坂城先生に任せています」
「なぜ?」
「それが条件で今回の仕事を引き受けましたので」
キサラは淡々と話を続けた。
迫力のある赤い瞳がこちらを睨んでいるが、今回ばかりは無視だ。
それに、こんなに良くなっているなんて、良い予想外だとも思う。
「体の状態もよさそうです。お薬をしっかりと飲み続けてください」
「次はいつ会える?」
「早ければ明日の夕方にご様子を確認させていただきます。遅ければ明後日になります」
「その間に悪くなったらどうすればいい?」
「坂城先生に相談してください」
キサラはちらり、と時計を確認する。
もう出発の時間だ。
「では、失礼しました」
「あ、おい……」
ナツヒの抵抗は予想どおりだ。
キサラはナツヒの制止を軽やかに無視し、足早に部屋をあとにした。
* * *
鬼と人間が創ったこの国は、五つの属性をもつ鬼が治める、五つの領土がある。
中央にある領土は杏家が治め、重要な役割をもつ機関が多い。
特に、人間が多く住んでおり、大学校など高等学問や専門的な学問を学び研究する施設は、中央領土に集中していた。
最も中央にあるのは杏家の屋敷。
そこには土の属性を持つ鬼が住んでおり、中央領土だけでなく、国領全ての土地に気を配り、国を守っている。
医者であるキサラも、医学を学ぶときには大学校の近くに下宿して通ったものだ。
今は、週に一回、ここで講義の手伝いや研究の手伝いを行いながら、最新の情報を仕入れている。
「以上で、今日の講義を終わります」
今日はキサラの担当講義『妖怪に対する古代医学』。
今ではかなり狭い分野になり、興味のある学生はほとんどいない。
異国から入った医学の方が知識量が多く、よく使えるため、多くの学生が異国の医学に注力していた。
眠気を誘う空気が、キサラの一言で軽くなる。
ざわざわと学生たちが動き出し、休憩にいくもの、あくびをするもの、教室を移動するもの、再び寝るもの。
その中で、キサラは後片付けを行い、教室を後にしようとした。
「円弧先生」
「はい」
一人の学生が突然話しかけてくる。
「質問があるのですが」
茶色の髪に茶色の瞳。
人間の彼は、特徴的な四角いめがねの奥からこちらを伺っていた。
質問、と言われたからには足を止めなければならない。
キサラは学生と向き合う。
「先生は、人間ですよね」
「そうですね」
「人間が……妖怪を相手に仕事をするのはどうですか?」
学生の表情に不安はない。
緊張と疑念。
その奥にあるのは何かわからない。
ただ、「人間が妖怪を相手にする」という問題は、皆が共通して持っているものだ。
「私は、人間も妖怪も変わらないと思ってます。目の前にある病を治すだけ、それだけです」
「…それが、例えば力の強い鬼でも、同じですか?」
その言葉を発した学生の瞳にちらつく不安。
もしかしたら、何か事情があって、妖怪専門にいくのかもしれない。
坂城のように妖怪の家の専属医もいる。
鬼のような力を持つ妖怪だと、本能的な恐怖を抱くことが多い。
それが不安につながっている学生もいるのだろう。
「同じですね」
キサラは、声色を変えずに答えた。
脳裏にはナツヒがちらつく。
「病に伏せ、苦しむのは人間も妖怪も一緒ですから」
「そう、ですね。ありがとうございます」
学生は納得したのか、一礼して机に戻っていく。
他の学生は質問がある雰囲気はない。
キサラは講義室を去った。