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五、ナツヒの変化

昼頃。

知らせをもらったキサラは、ナツヒの部屋の前で、大量の荷物を持ってきた鬼と共に現れた坂城(さかき)と合流した。


円弧(えんこ)先生、ご指定のものです」

「ありがとうございます」


人間と違い、体力仕事が得意な妖怪達は、大量の荷物を持っても顔色は変わらない。

キサラはナツヒの部屋を叩いてから、中に入った。


「ナツヒ様。失礼します」

「ああ」


扉を開けると、ナツヒの赤い瞳が暗い部屋で光った。

こちらを見ている。


「朝に伝えておりました荷物を部屋に置かせていただきます」

「……ああ」


沈黙後に同意。

少なくとも拒否はないようだ。

坂城が複数の鬼達と共に部屋に入ってくる。


「……なんだ坂城もいるのか」

「ナツヒ様、少し顔色がよくなったように思います」

「…キサラのおかげだ」


ナツヒと坂城の会話が背後で聞こえるが、キサラは作業が短時間で終わるように手早く指示をした。

キサラの指示通りに鬼たちは荷物を置いていく。


「……で、この植物はなんなんだ」


鬼たちが全ての荷物を置いて出てから、ナツヒがキサラに訊ねてきた。

坂城も気になるようにキサラを見ている。

暗い部屋の中のところどころに置かれているのは鉢植えの植物。


「俺が火を操る鬼なのを忘れてないか?」


燃やすぞ?とでも言うように笑う。

キサラはにこり、と笑顔を浮かべた。


「今は火は思うように使えないはずですよ、ナツヒ様。それにこの植物は治療の一環です」

「ほう」

「これらは、部屋の湿度(しつど)を調整する効果があります」

「それが俺の病気と何の関係が?」

「ナツヒ様の病気は体の中に水が溜まる病気と思われます。この部屋の湿度を調整することで、ナツヒ様の体から水を出します」

「では、あの薬は?」


坂城が言うのは、昨日キサラが調合した薬のことだろう。


「あの薬はナツヒ様の体の水を調節する作用があります。効果が早ければ数日後にはわかるでしょう」

「なるほど」


坂城が手元に紙片を取り出し、メモをとる。

勉強熱心だ、とキサラは感心してみていると、視線を感じる。


「ナツヒ様?」


こちらをじっとした目でナツヒがみていた。


「…キサラ、そいつは結婚してるぞ」

「だからなんです?」

「俺がいるだろ」

「わけがわかりません」

「やっぱり俺は君と結婚するぞ」

「ナ、ナツヒ様⁈⁈⁈」


キサラが拒否するよりも早く、坂城が叫んだ。



 * * *



「昨日から驚きの連続です……」


ナツヒの部屋からでたところで、坂城が息も絶え絶えにキサラに言った。

坂城の驚いた声に、ナツヒは機嫌を悪くしたのか、毛布をかぶってしまった。

それから坂城とキサラの呼びかけにも答えないため、二人は部屋を後にしたのだ。


「屋敷の以外の人間に、あんなに話したり、笑ったり……なにより、病気になってからのナツヒ様は笑うことはありませんでしたから、久しぶりにナツヒ様の笑顔をみました」

「薬が効いているみたいですね」


キサラは作り笑いを浮かべてそう伝えた。

坂城は分厚いメモをめくっていく。


「今まで勧められた薬は何一つ効かなかったのに」

「まぁ、そんなこともあります」


キサラには、今の国内で最もよく使われている治療の知識があるが、生業(なりわい)ではない。

多くの医者が行う治療からこぼれ出た妖怪だけを相手にしていた。

最近の国内の医学は、人間にも妖怪にも同等の効果がある異国の治療が主流になりつつある。

一方、キサラが生業にしている昔からの治療法は、人間と妖怪では使い分けがあって、敬遠(けいえん)されている。

キサラもそれで多くの同僚(どうりょう)達に嫌がらせをされたものだ。


「ああ、もうすこし早くあなたの沼に(うかが)えばよかった」


昔のことを思い出しそうになるキサラの隣で、坂城がそうこぼす。


「こんなに診断が早くつくなんて」

「まだ診断はついてないですよ」

「え?」


キサラがそう言うと、坂城が動きを止めた。


「でも、あの薬は………?」

「私の調合(ちょうごう)した薬は、今の体の状態に合うように調整しただけです。この薬が効けば、診断、ですかね」

「し、診断したから薬をだしたのでは?」

「私の仕事は診断じゃないですから」


坂城は流行(はやり)の医者そのものだ。

多くの医者がそうだから、あふれたもの達がいる。

一方で、まざまざと自分が少数派であることを見せつけられた。


「私は、目の前の人や妖怪を治療する、それだけですから」

「なるほど……」


驚いた様子で坂城がキサラを見てくる。

キサラはその目線から逃げるように廊下の装飾(そうしょく)に目をうつした。


「ところで、円弧先生は、どこかでナツヒ様とお会いしたことがあるのですか?」

「さぁ」


それについては、本当によくわからない。

思い出そうとしても記憶が無い。


「ふむ…先生の人柄でしょうか。私たち人間には感じない、妖怪だからこそ、感じる何かがあるのかもしれませんね」

「………そうですね」


キサラはそう簡単に返し、自室へと足早に向かった。


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