四、薬の効果
キサラに用意された部屋も豪華な客間の一室。
一室なのに、キサラが住んでいる、沼の小屋よりも広い。
小屋では隙間なく物を詰めているのに、ここには空間しかない。
そわそわと落ちつかない中、机で記録を書いていた。
ナツヒはキサラが調合した薬を文句一ついわずに飲み込んだ。
苦さに顔をしかめながらも、最後にはキサラに不敵な笑みを見せつけてきた。
多分、強がりだ。
ただ、キサラの予測が正しければ効果があるだろう。
効果がでるのは、早くて明日、遅くても一週間。
その間にできることをしながら、効果を確認する必要がある。
『コンコン』
「失礼します」
扉が叩かれる音。
キサラは立ち上がって扉まで行った。
「はい」
扉を開けると、黒い髪で赤い瞳を持つ女性がそこに立っていた。
「円弧先生ですね。こちら、坂城先生と執事長からの伝言です」
女性も黒いスーツを着ており、どうやら彼女も執事のようだ。
伝言、というには重厚な手紙を差し出してくる。
「あ、はい」
二通の手紙を受けとる。
女性は頭を下げて静かに扉を閉めた。
キサラは机まで戻って、手紙を広げた。
執事長 赤居からは、今日の晩餐が中止で、夕食は部屋に運ばれる、との伝言だった。
今日の晩餐は、紅家当主への挨拶を兼ねていたようだが、おそらく当主が忙しいのだろう。
坂城からは、キサラが頼んだものが明日の昼頃に届く、の報告だった。
手紙ではあったが伝言であり、女性がすぐに部屋を去ったことを考えると、返事は要らないのだろう。
これが客人。
「……家に帰りたい」
キサラは広い天井を見上げて、そう呟いた。
今は狭くて暗い天井が恋しかった。
* * *
「失礼します」
次の日。
キサラはナツヒの部屋にいた。
部屋の中は昨日と同じく暗くじめじめしたまま。
しかし、昨日は毛布をかぶったままだったナツヒが、毛布から顔だけ出して、布団の上に座っていた。
「ああ。おはよう」
「……おはようございます」
扉の方をみて、キサラを確認したナツヒは微笑んだ。
「状態を確認に来ました」
「待ってたよ」
ナツヒの声色は昨日よりも良くなっているのは気のせいだろうか。
キサラはナツヒの一言を無視して、記録を用意する。
「昨日の調子はどうですか?」
「体が少し軽くなったような気がする」
「それは良い兆しです。逆に、薬を飲んでから不調なことはありませんか?」
「特にないが、どんな症状があるんだ?」
「体がかゆくなったりします」
「ふむ……背中がかゆいかもしれない、見てほしいな」
「………わかりました」
ナツヒの笑みが気になったが、キサラは気にせず、ナツヒの背後に回り、肌に直接触れる。
健康だったなら、きれいな肌と称されるものだろう。
キサラは皮膚の症状を探してみるが、乾燥している以外には特に問題はないようだ。
「大丈夫そうです」
「それはよかった」
「乾燥があるので、保湿の塗り薬をお願いしておきましょう」
「君が塗ってくれるなら」
心なしか、ナツヒの声が楽しそうなのは気のせいだろうか。
「ではやめておきましょう」
「君が塗る気になったら用意してほしい」
「………診察します」
「ああ」
途中から会話が壊れていく。
流されてはいけない。
ナツヒの言葉を無視して、診察のために手足に触れていく。
ナツヒは気を悪くする様子もないのが救いだった。
「窓は開けなくてもいいのか?」
「大丈夫ですよ。そんなに問題にはなりません」
目を見ていると、そんなことを聞いてくる。
「それに、太陽の光は怖いでしょう」
「……必要なら我慢できる」
そう言えるのも、きっと体が楽になったからなのだろう。
「いえ、また今度で」
「チッ」
何故か舌打ちされるが、キサラは気にしないことにした。
体をみた限りでは何も変わりはない。
体が楽になっているのは、薬の効果か気のせいか。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
キサラの言葉を聞いて、ナツヒはまた毛布をかぶった。
キサラはその場で記録を始める。
「今日は昼頃にもう一度伺います」
「会いに来てくれるのは嬉しい」
「違います。部屋に治療に必要なものを置きます」
「そうか」
でも会いに来てくれるんだろ、と毛布の隙間からこちらを見上げてくる。
キサラは眉根を寄せた。
だが、こういう性格には無視が一番だ。
「では」
「俺が元気になったら、結婚してほしい」
「………お断りします」
怒鳴らなかっただけ、褒めてほしい。