【番外編】何故だ!?
自分の清々しい気持ちが吹き飛ぶようなことをライルが言い出す。
それは……式の翌日のことだ。
遂に結ばれた二人を思い、騎士達の間では、結婚願望熱がまさに高まっていた。
皆が温かい気持ちになり、ライルとアイリの幸せを願っていた。
初夜について不安はあったが、渡した本をライルは読んだようだし、きっと問題なかったはずだ。それに童貞ながらも自分はいいアドバイスをしたと思う。
「とにかく実践あるのみだ。相手の反応を見て、嫌がったら止める。気持ちよさそうにしたら続ける。ただどうしたって血が流れるものだ。痛みはあるだろう。そこは相手を思いやりながら進めていくしかない」
それを聞いたライルは「……なるほど」と頷いていた。
だから万事上手くいった。
そう思っていたのに!
「ベルナード、昨晩、初夜は遂行しなかった」
ここは戦地ではない。
そして初夜は戦のための作戦ではないのだ。
遂行しなかった、だと!?
あれだけ焦がれていた相手と婚姻関係を結んだのに!
初夜をやらなかった。
何故だ!?
もしや体が機能しなかったのか……。
同情を込めた目でライルを見ると、さすがに何かを察したのか「ち、違う! 体に問題はない」と答える。ならばアイリの方が……?
「彼女に何か非があると思うことは、許さないぞ」
まるでザーイ帝国の皇帝を睨むような目つきで見られ、肝を冷やすことになる。アイリについて今後不用意な発言をした奴は、首が飛ぶのでは!?
ともかく「落ち着け、ライル」と言い、なぜ初夜をやらなかったのかと尋ねると──。
「アイリが不安で心配と言ったんだ、自分との初夜について」
そうわたしに告げるライルの悲壮感は……。
まるでこの国が、帝国に敗北したと告げられた時のような顔をしている。
というか。
そんな顔になるぐらい悲しんでいるということは。
それだけ初夜を楽しみにしていたのではないか。
よく……我慢できたと思う。
強靭な精神力の持ち主であることは知っていたが、アイリのために血のにじむような努力をして、爵位を得て、団長になり、挙式の日を迎えたはずなのだ。満願叶い、まさに結ばれるという時。彼女の一言でその熱を静めたとは……。
改めてライルのメンタルの強さを尊敬することになったが、次の一言に驚愕することになる。
「アイリの不安と心配を払拭するには、自分が正しくリードできないとダメだと思う。書物を読んだだけでは、自分は足りないと思う。実際に見て見ないと正しく学習できない気がする。ベルナード、見せてくれないか?」
「見せる!? な、なにを!?」
「それは……」
そこでライルが顔を赤くするが、それは違うだろう!
ここは自分が赤面するところでは!?
ともかく!
どっちを見せろと言っているが分からないが、前者なら戦場の仲間なんだ。
水浴びをする時、男しかいないのをいいことに、皆、素っ裸だから……。
そちらは別に今更……ではあるが。
後者はまずい。
後者は無理だ。
だってわたしはまだ童貞なんだから!!!!!
え、何が前者で何が後者か。
そんなの分かるだろう!となぜか一人でツッコミをしてしまうが。
こうなったらこれしかないだろう。
「ライル。自分のを見ても参考にならん!経験豊富……と思っているかもしれないが、それでも素人の域を出ていない。参考にするなら、プロだ!」
「プロ……?」
「だから娼館に行くのが一番だ。ここにもあるだろう? 高級娼館が!」
その後はもう大変だった。
ライルの領地にも娼館があることは知っていた。
だが足を運んだことはない。
そこでまずは自分が向かい、交渉を行った。
ライルの結婚を祝うため、王都から来ている高位な身分の騎士がいる。彼もまた、王都に戻れば結婚をする身。そこで初夜の手ほどきをして欲しいと頼んだのだ。
するとさすが高級娼館。
変な詮索をされることなく、あっさり「構わないわよ、お兄さん!」となった。ただし。お金はがっぽりとられる。だがここで出し惜しみするつもりはない。
真面目過ぎるライルはアイリにゾッコン。そして彼女のためなら恥を忍んで自分に「見せて欲しい」とまで懇願したのだ。ここはもう、金に糸目など付けず、ナンバー1に指導をしてもらうしかない。
しかもライルは最初、「高級娼館……?」と難色を示した。だがそこを説得し、首を縦にふらせたのだ。
ということで。
童貞の自分のお膳立てで、ライルは高級娼館へ向かった。
向かわせたものの……。
思うところはある。
なぜなら。
ライルとアイリは相思相愛だと思うのだ。
好きな者同士での結婚。特に貴族では難しい。どうしたって家門の利益が優先されるのだから。
だがライルとアイリもお互いに想う相手と結ばれたのだ。そんな不安とか心配など乗り越え、ぎこちない二人で結ばれてしまえばいいのに――と思ってしまうのだ。
今、ライルはロストバージンの最中だろう。
それは本来、初夜で失うべきだったのではないか。
アイリを想う気持ちは理解できるが、そこを優先し過ぎて、ライルは……大切なものを失っていないか?
いや、そんなことはないか。
大切なのは心だ。
心が結び付いていれば……。
そんな風に思っていると、ライルが高級娼館から出てきた。
てっきりすべての謎が解け、スッキリした顔をしていると思ったら。
なんだか雲行きの怪しい表情をしている。
まさか……とありとあらゆる可能性を考えた。
実はナンバー1の娼婦をつけると言っておきながら、騙されたのか!?
もしや興奮しすぎて先走り過ぎた、とか!?
それとも……。
だがライルはいつも自分の想像のはるか上を行く男だった。
「何……? 娼婦を抱いていない、だと!? じゃあ今まで、何をしていたんだ!?」