【番外編】よく……我慢できたと思う。
アイリが遂に領地にやってきた。
そこで初めて対面したアイリは……。
気絶していた。
賊に襲われかけ、ライルに助け出されたのだが……。
そこで気が抜けたのか?
とにかく自分や他の騎士が駆けつけた時には意識がない。
だが意識がなく、ライルに抱き上げられているアイリは……。
とても華奢で、可憐だった。
そんな彼女を見ると、生き残った使用人は慌てて駆け寄る。そして主人が生きているのかと涙声で問うのだ。
それを見て思うこと。
使用人達も死の危機に直面し、侍女やメイドに至っては、辱めを受けそうになっていたのだ。それなのにここまでアイリを気遣うということは……。
アイリは使用人に慕われているのだ。
賊に襲われ、危険な目に遭っても、主人を気遣える。
それは余程のことだ。
こうして自分はアイリの人柄を、彼女と話す前に知ることになった。
実は。
アイリに関しては、王都でなんの情報も得られなかったのだ。すごい美女であるとか、そういう良い情報もなければ、ユーリのような浮ついた(自分からすると)悪い話もなかった。まるで空気みたいだ。そこにいるのだが、いないように感じられる存在。
ライルはそんなアイリのため、必死に部屋を整えた。
なぜそこまでするのか?
ライルがそこまでしたくなる理由。それは実際に会うことで分かった。これだけ使用人に慕われている貴族令嬢は少ないだろう。しかも伯爵家の令嬢なのに。そこは彼女の人柄に起因するのだろうと思えた。
そこからアイリ対する自分の見方も変わる。
そしてその認識の変化は正しいと、実感出来ることが次々と起きた。
使用人が彼女を心配したように。
アイリもまた使用人のことを心配した。
ライルの母君ともすぐに打ち解けたのだ。
それどころか病気で伏せっていることが多かった彼女に、生きる力を、元気を与えたのだ。
母君が元気になれば、ライルは当然喜ぶ。
喜ぶライルを見て、騎士達も笑顔になる。自分も含めて。
アイリがいるだけで、皆が幸せな気持ちになれる――。
不思議な女性だった。
でもライルがアイリを好きになったことも納得できた。
そんなアイリのことを、ライルはやはり昔から知っているようだったが。
一方のアイリは……。
そこまで詮索するつもりはない。
ただ真実は一つ。
ライルの伴侶にアイリは相応しいということだ。
それなのにアイリ自身は、自己評価が著しく低くい。
だがそれは間違っている。
あのライルが一途に思い続けた相手なのだから、もっと自信を持てばいいのだ。
こんな風に考えてしまうぐらい。気がつけばすっかりアイリのファンになり、ライルとのゴールインを願っていた。そして挙式の日は刻一刻と近づいていたのだが。
「ベルナード。今さらだが、上手なキスの仕方を知りたい」
書斎で領民から上がって来た報告書に目を通しながら、ライルが実にさりげなく尋ねた。
それはまるで天気を尋ねるような気軽さだった。
だから自分も「ああ、明日は晴天らしいぞ」なんてノリで応えていた。
「ああ、キスか。キスと言ってもいくつか種類があり……」
一通り説明し、コツも教えた。
教えた後にふと思う。
ライルは誰かとキスをしたことがあるのか?
どう考えてもアイリを一途に思い続けていたはず。
そのアイリとは、自分が知る限り、ずっと接点ゼロだった。
そう考えると……。
いかにもキスの基本は知っているが、上級者向けのキスに興味があって聞いてみた――なんて顔をライルはしていたが……。本当はキスの経験もゼロなのでは!?
チラリと見ると。
ライルの耳が赤くなっている。
「ライル」
「ベルナード、この書類をヘッドバトラーに届けてくれ」
誤魔化したな。
そう思うが、そこはスルーしてやったが……。
「ベルナード、挙式の予行練習をする」
ライルにこれを言われた時は正直。半笑い!
遂にアイリと結ばれるとなり、おかしくなったのかと思った。
だが。
ライルは……恐ろしい程、真剣だった。
しかもこんなことを言うのだ。
「もしもお前が失敗したら、その恥をミルフォード伯爵令嬢は一生背負うことになるんだぞ。その責任をとれるのか!? それにウェディングドレスは通常のドレスより裾は長いし、ベールも長い。いつも通りのエスコートでいいと思っていないだろうな? 加えて……」
自分が恥をかくのは構わない。
既にザーイ帝国の使者の前で、踊り子とイチャつくしょうもない上級指揮官を演じたのだ。ベルナード・フィンの名は、ザーイ帝国では嘲笑の対象だろう。
しかし!
アイリの名を汚すわけにはいかない。絶対に。それではなくても彼女は謙遜し過ぎる。彼女にだけは、恥をかかせてはいけない。
その結果。
ライルの提案する予行練習に、本気で参加することになった。もはや最前線に挑む心意気になっている。これから挑むのは、絶対に負けられない戦いだと。
そんな緊張の挙式の予行練習を終えた時には……。
アイリとライルが主に永遠の愛を誓う姿を見てしまったのだ。これは練習であり、本当の挙式は明日だと分かっている。それでもライルの母君と共に、感涙しそうになった。
本当に。
二人はお似合いだと思った。
絶対に幸せになってくれよ。
いや、自分がいる限り。
二人のことは必ず幸せにしてみせると、心から誓った。
ところが。
そんな清々しい気持ちが吹き飛ぶようなことをライルが言い出す。
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