【番外編】主人(あるじ)のお悩み
ライルとアイリの婚約が、無事決まった。
この時は我が事のように嬉しく感じた。何せライルはアイリではなく、妹のユーリの方と婚約するかもしれないという事態に陥ったのだ。その際ライルは、ユーリと婚約したくないからと、修道院に入ると言い出し……。
修道僧になったライルを想像しようとしたが、無理だった。ライルの天職は騎士だ。
ただ、アイリとの婚約、その先の結婚を熱烈に願ったライルであるが。色恋沙汰の噂は皆無。そもそも恋愛に興味があるのか。異性に関心があるのか。その点から疑問だった。
だから自分は……覚悟しておくべきだったのだ。そうすれば動揺せずに済んだのに!
そうなのだ。
ライルは自分にとんでもない相談を持ち掛ける。
「ベルナード」
母君の容態が悪いと言うことで、アイリとの婚約、さらには三ヶ月後の挙式が決まると、ライルは領地に戻っていた。
ライルの従騎士になったわたしは共にその領地に向い、屋敷に部屋を与えられている。そしてこの日、ライルに呼び出され、何事かと思ったら……。
おもむろにわたしの名を呼んだライルだったが。
「これは、この領地では人気のスイーツショップの焼き菓子だ。……食べるといい」
ライルと対面になるソファに腰を下ろすと、ローテーブルに焼き菓子が用意されている。
こんな風に焼き菓子が用意されているのは珍しい。
どうしたんだ、ライルは?
探るようにライルを見るが、その透明度の高い碧い瞳から、その意図を読み取ることは……できない。
メイドが来て紅茶を出してくれたので、しばらくお互いに無言で焼き菓子を食べ、紅茶を飲んだ。
「ライル」
「何だ?」
「何だはこっちのセリフだよ! 居心地が悪くて仕方ない。何か言いたいことがあるなら、ハッキリ言ってくれ! わたしとお前の仲だろう?」
するとライルはいつぞやかのように、頰をほんのり赤く染める。その表情はアイリの前でやってくれと思いながら、何で呼び出したのか尋ねる。
すると――。
「アイリとの結婚が決まった。まもなく彼女と結ばれるんだ」
「知っているよ。本当に良かったな。修道院に入らなくて。修道僧になったら女は抱けないからな」
焼き菓子を口に放りながら、何気なく言った言葉にライルが反応した。
盛大な音を立てながらティーカップをソーサーに置いたライルの顔は、リンゴのように赤い。
何なんだ!?
ライルは乙女のように瞳を伏せ、こんなことを言い出す。
「ベルナード、女の抱き方を教えて欲しい」
カチ、カチ、カチと立派な置時計の秒針の音が響く。
え。
ライルが顔をさらに赤くして言葉を重ねる。
「初夜にどうすればいいのか分からないんだ!」
紅茶を吹き出しそうになるが、何とか堪える。
まさかライルからそんなことを相談されるとは……!
背中に汗が吹き出す。
初夜に何をするのか?
それは花嫁と床を共にする。
つまり、新婦を抱くのだが……。
戦地では旅の踊り子といいところまでいった。だがライルに邪魔され……いや、助けられ、事には至っていない。
つまり自分はまだ童貞。
分かるわけがなかった、その核心部分が。
自分だって知りたいぐらいなのに!
「ベルナードは婚約していないが、娼館に行ったり、踊り子とも……。慣れているのだろう? 教えて欲しい」
先程以上に汗が吹き出た。
ライルは期待を込めた目で自分のことを見ている。
頼りにされていると感じた。
「ライル、安心しろ! わたしも童貞だ! 正直分からん」
そう言えたら良かったのだが。
期待されると応えたくなる。
「初夜に関する本は代々受け継がれるものだ。きっとライルの父君もその時に備えた書を残していると思う。自分が説明するより、その書を読んだ方が早い。本なら繰り返し確認できる。何度もわたしを呼び出す必要もないんだ」
咄嗟にしては我ながら名案を思いついたと思う。これはフィン伯爵家でそうだから思い出せたわけだが。
ライルは心配そうな顔をしている。
そこで畳み掛けることにした。
「確かこの屋敷にはライブラリーがあるよな。そこでわたしが探しておくよ。もしなければ本屋で見つけておく。なんて事はない。初夜なんて既婚者みんなが経験している。平民も王侯貴族も関係なく。みんな出来ることを天下の英雄のライル団長が出来ない……なんてことはないから、大丈夫だ。問題ない」
最後の言葉は、自分にも言い聞かせているようなものだった。そしてライルとのこの話し合いが終わった後、屋敷内にあるライブラリーへダッシュだ。そこでくまなく探すが……妊娠について解説する本、育児書は見つけた。
だがこれでは足りないだろう。
そこで街に出て本屋をはしごして……。
見つけた!
赤ん坊ができるまでの男女の営みについて解説されている。若干学術的に思えるが、これでいいだろう。
もしこれでもライルが足りないと言ったら……。
皆、実践で学んでいると伝えよう。
つまり場数を踏むしかないと。
こうしてこの問題は乗り越えることができた!……そう自分は思ってしまったが。
ライルは……後にまたも想定を上回ることを言い出したのだ。