【番外編】最期の進軍
ライルは自身が囮になると言い出し、その作戦なら上手く行くと思えた。
なにせ敵はライルを狙っているのだから。
それに自分自身、副団長になれる器ではないと分かっていた。
ならば。
自分の残りの人生、ライルに賭けていいと思えた。ゆえに上級指揮官を返上し、ライルの従騎士になると宣言した。反対されるかと思ったが、意外とすんなり受け入れられたのだ!
上級指揮官になれるだけの実力者は沢山いる。自分が職を辞したところで、文句を言う奴はいないと思いきや!
「ベルナード、この裏切り者! お前がライル団長の従騎士に名乗りをあげたから、俺が上級指揮官に任命されちまった! これじゃあライル団長についていけない!」
「団長の囮作戦。俺だって手伝いたかったのに! 一人抜け駆けしやがって!」
「団長は従騎士は一人でいい、囮作戦にはベルナード一人を連れて行くって言うし、置いてきぼりだよ!」
予想外に、ライルの従騎士になることに散々嫉妬された。
それは裏を返せばみんな、ライルと同じ気持ちだったと言うことだ。ローク、シダル、レニーの三兄弟のことを、脱走者とは思っていなかった。彼らが王都に戻りたいという思いに理解を示し、彼らを助けたいライルの考えに賛同していた。
ともかくこうしてライルと二人、囮作戦を決行。
それは……見事上手く行った。
最初、敵だって気がつく。
明らかにライルが囮だと。
ゆえに様子見をして、斥候も使う。
その結果。
敵の総大将であるイーグル騎士団の団長が、従騎士一人だけを連れ、のこのこやって来たことが判明する。付近に伏兵がいるかと思いきや、本当に単身乗り込んだ状態。
そうなったら討ち取れと、総攻撃が始まる。
雑魚の三人の騎士より、団長の首、と言うわけだ。
確かに伏兵はいなかった。憲兵にあんなことを言われたら、応援なんて頼めない。だから罠を掛けた。沢山。
落とし穴までいかなくても、少し深い窪みに馬は足を取られ、転倒。ロープで馬の足をすくいとるような罠だって仕掛けた。
つまり自分たちの後を追う帝国軍は、いきなり障害物レース状態だった。
奴らはどこに罠があるか分からず、ライルという餌を目掛け、追いかけてくる。そして少しずつ数を減らして行く。
逃げ切れる、やった!と思ったその時。
雨がポツポツ降り出す。
春の嵐。
それは突然やってくることが多かった。
まさに今がそれだ。
「まずいな。この天候の急変は想定していない」
「当たり前だよ、ライル。この急変は主でさえ、予想できないと思う」
「だが、先の先まで読めないと」
「これは、先の先の先の先の先のうーんと先のことだ。さすがのライル様でも、予想は不可能なこと。それでどうする? 予定していた吊り橋は、手動で落とさなくても、この雨風で落ちるだろうな」
ライルと計画していたのは、川にかかる吊り橋を渡りきり、それを敵の前で落とす計画だった、晴れていれば。
だが今始まった春の嵐は、既に雨風が強まっている。川は増水し、植物の蔦でできた吊り橋は……ライルとわたしが渡る前に、増水した川に飲み込まれる。
「一応、プランBで退避する洞窟があるから、そこに身を潜めようか」
洞窟というには、あまりにも奥行きがない。短い横穴、窪みのような場所だった。そこで雨宿りをしたが、正直。もはや横殴りで雨風が吹いている。濡れないのは無理な話。
そうやって3時間ほど時間が過ぎ、そしてやがて嘘のように雨風は収まり、陽が差し込む。
穏やかな南風が吹き、初夏を思わせる暖かさ。
そしてこの会話が始まる。
「なあ、ライル」
「なんだ、ベルナード」
「お前はさ、よくやったよ……」
そして今、敵に囲まれていた。
あの三兄弟を逃し、代わりに敵に囲まれ、身動きが取れなくなっていたのだ。
「これも予想外か? あの嵐の中、敵も雨宿りをしていると思った。だが奴らは雨宿りなんてしていなかったわけだ。この辺りの地形を熟知しているのは、敵も同じ。だがさしものライル団長でも、ここまでは予想できず、こうして敵に囲まれたわけか」
この問いにライルはふわりと笑顔を浮かべる。
こんな局面でこんな優雅な笑みができるとは。
呆れるが、何だか腹を括ることが出来た。
自分達の死は、美談になるはず。仲間の騎士を助け、落命したと、吟遊詩人も語り継いでくれるだろう。
「自分の予想では、そろそろかと思う。ベルナード、準備はいいか?」
「ああ、腹は括った。吟遊詩人が語りたくなるような、大活躍をするつもりだ」
「吟遊詩人か。……意外とロマンチックだったんだな。だが、ベルナード。自分はここで死ぬわけにいかない。ザーイ帝国を退け、平和を手に入れ、王都に戻ったら、成し遂げたいことがあるから」
コイツは本当にと思うが、深呼吸をすると、腰に帯びた剣に手を伸ばす。
ライルの特訓に付き合うことで、右と左、両手で剣を扱えるようになっていた。
この二本の剣で可能な限り帝国軍を倒す。
こうして洞窟とは名ばかりにしか思えない横穴から出ると……。
見える範囲にずらりと帝国軍の兵士、騎士の姿が見える。
数としては……百ぐらいか。
「五十人ずつなら楽勝だよな?」
「ではベルナードに、七十人任せるよ」
「おい、おい、団長さん!」
だがそこでライルの顔が引き締まる。
瞳が冴え冴えとし、ゆっくりと剣を鞘から抜く。
抜いた剣を、ライルが高々と掲げる。
「我が名はライル・ウィンターボトム。ウィンターボトム侯爵家当主であり、王立イーグル騎士団の団長だ。カトレア王国の勝利に、この名をかける。我に続け、数多の精鋭たちよ」
これがライルが下す、最期の進軍の合図。
数多の精鋭たち……ではなく、自分一人なのが申し訳ないが。
歴史に名を残す戦いをしてやる――。