【番外編】春
「なあ、ライル」
「なんだ、ベルナード」
「お前はさ、よくやったよ。最後まで有言実行だった。何せ十二歳で団長になる、爵位を得ると、私に宣言し、実際に団長になった。侯爵位を得て、ウィンターボトムというファーストネームだって得たじゃないか。あとはザーイ帝国をこのまま退け、王都に戻る。その道筋が見えていたのに。なぜ切り捨てなかったんだ?」
激戦に備えたライルの髪は、冬の間にアイスシルバーから金髪に染められていた。
カトレア王国では、金髪に碧眼が多い。
ライルのような髪色はどちらかというと……ザーイ帝国に多い髪の色だった。
その染められた金髪が、強い南風を受け、乱れていた。
アーモンドの花びらが舞い、冬が終わったと告げている。
春が到来し、激戦の日々は始まっていた。
「憲兵達も言っていたじゃないか。『大局を見た時、彼らの救出はリスクでしかない。時間の無駄だ。切り捨てるのが妥当であり、世間もその選択を非難することはありません』と。それに彼らは脱走しようとして、罠に落ちたのに」「ベルナード」
ライルが大きく息を吐く。
「彼らのことを脱走しようとしていた……という言い方にはしないで欲しい。戻ったら憲兵達にもそう伝えるつもりだ。ザーイ帝国との激戦で、騎士団の一部が敵陣の近くで孤立してしまった――ということにしたい」
「あくまでも庇うのか?」
「庇う……というか、気持ちが分かるからだ。陣営を離れたソード騎士団の騎士、ローク、シダル、レニー。彼らは三兄弟。母親が危篤という知らせが届いたんだ。女手一つで自分達を育ててくれた母親が亡くなるかもしれない。居ても立っても居られなくなった」
そこで言葉を切るライルを見て思う。
ライル自身と境遇が、この三兄弟は近い。
庇うわけではないが、気持ちが分かる。
まさにその通りなのだろう。
「だが今、ザーイ帝国との戦は山場だ。とても王都に戻らせて欲しいとは言えなかったのだろう。真面目なだけに。そこでこっそり抜け出そうとしただけだ。敵を恐れて逃げようとしたわけでも、裏切るつもりでも、寝返るつもりでもなかった。彼らがソード騎士団の騎士であることに変わりない。仲間は当然助ける。それだけだ」
春になり、激戦が始まると、ソード騎士団の指揮権もライルが担うことになった。ソード騎士団の団長は、実質副団長的な立ち位置になるが、文句はなかった。彼もまた、ライルを認めていたからだ。
ソード騎士団の指揮権までとることになったライルに突然降って来た話が……騎士の脱走だった。
理由はライルが言った通りだ。
確かに母親を心配する気持ちは分かる。だからといって、脱走をしなくても……。
ローク、シダル、レニーの三人兄弟は、明け方陣営を抜け出し、迂回して国境から離れようとしたが……。
春になったが、まだ雪が残る場所もある。
三人の乗った馬は、その雪解けが中途半端な場所に入り込み、さらにそこが沼地だった。それは底なし沼だったようで、馬を捨て、なんとか逃げることになったが……。
沼地はいい防御となる。
そばに帝国軍の一部が陣営をはっていたのだ。
三人は彼らに見つかり、味方の壕に身を隠したものの。馬はなく、かろうじて武器はあるが、敵は弓を構え、彼らを狙っている。
三兄弟は身動きがとれない状態になってしまったのだ。
この状況はライルへすぐに報告されると同時に。
脱走者が出たと、王都へ報告されることになった。
これは騎士団の規律として報告が義務付けられており、ソード騎士団の団長が報告したのだ。
そして王都から、憲兵がやって来た。
騎士団の規律違反の調査・逮捕を担っている憲兵が。
脱走した騎士が、身動きがとれなくなり、助けを求めている――そのことを憲兵は知っている。
だが彼らは切り捨てることをライルに進言した。ところがライルは「助ける」の一点張り。
呆れた憲兵の一人がこう言った。
「脱走した騎士を救うため、味方の騎士が犠牲になるかもしれないのですよ? ウィンターボトム団長は、それをよしとするのですか? 犠牲になるなら、あなたお一人にしてくださいよ」
これを聞いた瞬間。
椅子から立ち上がろうとした自分をライルは制し、「なるほど」と深々と頷く。
「なにが『なるほど』なんだ、ライル!」と激高しそうになるのを、拳を握りしめ、なんとか堪える。
「名案ですね。自分が囮になります。イーグル騎士団の団長の首、欲しいはずです。敵の目をこちらに引き付け、その隙に三人には自力で逃げてもらいましょう」
「な、君は何を言っているんだ!?」
憲兵が目を剥いている。
これを聞いたわたしは、もう笑いが止まらない。
気付けばこう口にしていた。
「これより上級指揮官の役職を返上し、ウィンターボトム団長の従騎士になります。従騎士は、主である騎士に従うもの。ウィンターボトム団長が囮になるなら、自分も彼に従います!」
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