【番外編】しょうもない上級指揮官!?
色仕掛けで上級指揮官を手に掛けようとした踊り子たちは全員、捕らえられた。
死亡した上級指揮官はいない。
だが怪我を負った者はいる。
お酒も入っており、油断した結果だ。
そして真相も明らかになる。
「私達はザーイ帝国に招かれ、踊りを披露しただけです。ですが私達の踊りを見たザーイ帝国の高官の一人が、『このような妖艶な踊り、カトレア王国の者どもは見たことがありますまい。この踊りと酒に酔い、油断した指揮官の寝首を掻くことができるのでは? 失敗しても、我々に痛手などありません』と言い出したのです。そして踊り子たちの半分を人質に捕られて……」
旅の踊り子たちは、貧しい家の出身、孤児、娼館から流れついた者など、その出自は様々だ。
だがその分。
一度打ち解けると、その結束はとても強い。
さながらライルのおかげで心を一つにしたソード騎士団、イーグル騎士団と兵士たちのように。
結局、踊り子たちは人質になった仲間を助けるため、刺客として動くしかなかった。
「暗殺に成功した場合、自分達の身が危険になるとは考えなかったのですか?」
ライルに問われた踊り子のリーダーは唇を噛む。
「仲間を助けることしか考えていませんでした」
「指揮官クラスを失うことは、自分達にとって大きな痛手です。当然、犯人は極刑。連座制で残りの踊り子も……。つまり暗殺に成功したら、君たち自身が危険な立場になる。暗殺に失敗しても、今のように囚われ仲間は……。どの道、ザーイ帝国に絡めとられた時点で、君たちに勝機はなかったのです」
冷静なライルの分析に、踊り子たちは泣き出してしまう。
でもこれが現実だ。
「ではライル副団長。彼女達は――」
「団長、お待ちください」
ライルは冷静に言葉を続ける。
「彼女達は、ザーイ帝国に利用されたに過ぎません。諸悪の根源は、ザーイ帝国です。そこで提案があります」
そこからライルが話したことは……全く想像していないことだ。
「捕虜として拘束しているザーイ帝国人の中に一人、皇族の血筋の青年がいました。彼はまさに今朝、発熱し、それはかなりの高熱です。しかも全身の筋肉の痛み、倦怠感を訴えています。鼻水も出ており、咳はまだしていませんが、時間の問題。やがてその症状も出てくるでしょう」
「それは……もしや冬期に流行する、流行り病では?」
「団長、その通りです。衛生兵の見立ても当該の病でした。現在、隔離していますが、他の捕虜に移った可能性もあります。このままでは数日で、流行り病によるパンデミックが起きる可能性があるのです」
戦地で流行り病は、死活問題になる。
この場合、捕虜を処刑し、その遺体を焼く――非情ではあるが、それが戦場での判断になるが……。
「交渉をザーイ帝国に持ち掛けましょう。人質にした踊り子たちと引き換えで、皇族の血筋の青年と多数の捕虜を返還すると。踊り子たちは刺客として失敗したが、上級指揮官と恋仲になった。そこで恩情をかけることにしたとするのです」
◇
ライルのこの提案は、こちらの陣営にとっては名案。
だがザーイ帝国にとっては、悪夢の冬の始まりとなる。
人質の踊り子と、皇族の血筋と大勢の捕虜の交換。
この提案を聞いたザーイ帝国は、もう大喜びだ。
大喜びして、鼻で笑った。
踊り子如きに現を抜かす、しょうもない上級指揮官がカトレア王国にはいるのだと。
「いくら嘲笑されようと、気にする必要はありません。むしろ交渉の席で示す必要があります。こちら側に、そのしょうもない上級指揮官がいると」
「その通りだな、ライル副団長。それでその大役を務める上級指揮官は……」
「それは彼が適任かと」
ライルがこちらを見る。
誰だ?と思い、後ろ見て、左を見て、右を見る。
自分しかいない……!
つまり踊り子如きに現を抜かす、しょうもない上級指揮官役に、わたしを指名したのだ、ライルは!
「あながち間違いではないだろう、ベルナード? だって君は」
「あああああ、喜んで引き受けます!」
こうしてスティレットで自分のことを暗殺しようとした踊り子と、恋仲のフリをすることになった。しかもザーイ帝国の使者の前で!
でもその演技に使者はすっかり騙され、「交渉に応じましょう!」と即答。
こうして流行り病を患った皇族の血筋の青年と捕虜は、ザーイ帝国に帰国した。
それから間もなく。
ザーイ帝国で、流行り病のパンデミックが起きる。
冬営している帝国軍の一部でも、流行り病が発生。
死者も相当数出て、帝国軍のみならず、帝国そのものにも打撃を与えることになった。
帝国に打撃を与えれば、当然帝国軍にも影響が出る。
寒い冬が続く中、人材、物資の補給が滞るのだから。
踊り子を使った色仕掛けの罠に、まんまと落ちることになった。だがライルのおかげで、挽回できた。それどころか受けたダメージの倍以上の仕返しができたと思う。
でもそれは……踊り子を利用した罰でもあると、ライルは言っていたが、まさにその通り。
ざまぁみろ!だった。
一方、この結果を聞いた国王陛下も大喜び。
王都に残る騎士や兵士の家族に、特別褒賞も出されたという。
さらにこの様子を見た団長は……。
「ザーイ帝国は、この冬の間に痛手を受け、春になっても万全には程遠い。帝国軍を退ける好機がやってくる。今、冬営をする騎士と兵士の気持ちは春の決戦に向け、一つだ。ここまで皆の心をまとめたのは、自分ではない。ライル副団長だ。来る春の戦いの采配は、彼に任せたい」
なんと団長は、自ら後進に道を譲る決断をしたのだ……!