私は姉です!
「強行軍で、夜通しで道を進みました。遂にローズロック領に到着ですよ、お嬢様」
フィオナの言葉にはもうビックリ。
だって寝ている間に、目指していたローズロック領に着いてしまったのだから。
「お初にお目にかかります。わたしはライル様の護衛兼従者である、従騎士のベルナードです。主は戦闘の汚れを落とすため、先に屋敷へ入りました。よってご案内は、このわたしが担当させていただきます」
私達の所へ現れたベルナードは、見るからに好青年だった。
襟足が長いホワイトブロンドにエメラルドグリーンの瞳。
笑顔になるとえくぼができ、とても朗らか。
そのベルナードにほっこり気持ちが癒されていたが。
“主は戦闘の汚れを落とす”という言葉に思い出す。
私は甲冑に兜、盗賊の返り血を浴びた男性に助けられた。
そしてそれがきっとライル……王立イーグル騎士団の団長だ。
せっかく助けてもらったのに。
御礼を言う前に悲鳴を上げて失神するなんて……。
私とライルの初対面、最悪過ぎる。
これは可及的速やかに謝罪をしないと!
謝罪を……と思いつつも、ライルに会うのかと思うと、あの兜にべっとりついた血が脳裏をよぎり……。少し怖くもある。
私を担ぎ、悪さをしようとした盗賊。それをライルは成敗してくれたのだ。そしてあの時、私だって短剣であの男を刺すつもりでいた。辱めを受けるなら、自害することをフィオナは示唆していたが。私には生存本能があった。それに悪人に一矢報いたい気持ちになっていたのだ。
そう。
たとえライルが手を下さなくても、私も動いていたのだから、怖いなんて思っちゃダメ。
頭ではそう理解できていても。
――「え、騎士団の団長!? いや、絶対! 体中傷だらけできっと獣みたいなんだわ!」
獣……。
ユーリの言葉まで思い出し、ライルに会ったら震えてしまいそうだった。
何よりあの兜の下の顔が、どんなものかも分からない。
一応、婚約するにあたり、姿絵の交換はなされた。
でもその姿絵、兜をかぶり、甲冑姿。
ライルの素顔なんて分からなかった。
躊躇なく人を手に掛けることができるような、残酷無慈悲な顔をしているのかしら……。
そして全身傷だらけ。
でも彼は、ならず者なんかではない。
戦争の英雄なのだ。
獣なのだろう、恐ろしいのだろうと、敬遠してはいけない。
「ミルフォード伯爵令嬢、こちらがお部屋です。既に入浴の準備をさせていますので、よかったらお使いください。いろいろとお持ちになっていた荷物は別室へ運びますが、盗賊により破損しているものも多く……残念ですが、ご指示いただければ処分しておきます」
ベルナードの案内に従い、その背中を凝視して、後をひたすらついて行った。頭の中は獣のようなライルを想像し、いっぱいいっぱい。屋敷の様子もろくに見ていない。
だが改めて現状を告げたベルナードの言葉に、大切なことを思い出す。
「あ、あの、亡くなった者達は……」
「ちゃんとご遺体は運び、棺を手配しています。追って弔いの場を設けるよう、主から申し付かっていますので、ご安心を。……というかミルフォード伯爵令嬢は、そのお立場でありながら、下々の者のことをそんなにも気にかけるのですね」
ベルナードの言葉に、ライルの采配に感謝する。同時に。「亡くなった者達は王都からこのローズロック領まで共に来てくれた仲間ですから……」と答えると、ベルナードが眩しそうに私を見た。
「お優しい方ですね、ミルフォード伯爵令嬢は。主はあなたを伴侶に迎えられて……幸せだと思います」
そこでハッとして、思わず尋ねてしまう。
「あの、私はアイリ・ミルフォードです。ユーリ・ミルフォードではありません。ユーリの姉が私です。……騎士団長様は……ウィンターボトム侯爵は、もしや勘違いされていませんか? 社交界で噂の愛らしい令嬢。王都にいる令息が婚約者の座を狙っていた令嬢。それは私ではなく、ユーリのことです」
「ええ、さすがにその噂は知っていますよ。ずっと戦場にいて、王都に戻りました。そうなるとまずは居酒屋で情報収集ですから」
「ベルナード様、そう言う意味でではなくて、です。私はユーリではなく、アイリ。社交界で噂になっているような、愛らしい令嬢ではありません。平凡でつまらない女です。本当に私と婚姻するので、ウィンターボトム侯爵様はいいのでしょうか!?」
必死の問いに、そばにいるフィオナが「お嬢様……!」と驚き、ベルナードは不思議そうに私を見ている。
「どうしてそのような疑問を? それにミルフォード伯爵令嬢が、平凡でつまらない女とは、わたしは全く思えませんが。わたしが騎士に叙任されていたら、一生お仕えすることを誓いたくなるようなレディにしか思えません。それは主も同じかと」
「そんな、私はユーリと違い、そこまでの価値なんて」
「ありますよ。使用人や護衛の兵士を仲間という伯爵令嬢とは、初めて出会いました。それに……助かった皆様も自分のことより『お嬢様はご無事ですか!』と口々に言っていたのです。使用人や兵士から心より愛されている。それはミルフォード伯爵令嬢のお人柄ゆえだと思います。そんなあなたを伴侶として主が迎える――賢明な判断としか思えません」
これには頬が緩み、嬉しくなってしまうけれど……。
私の人柄なんて、ライルは本当に知っているの?
「主がミルフォード伯爵令嬢をどれだけ気に入っているか、こちらのお部屋を見ていただければ分かると思いますよ」
つい、廊下で。
これから私の部屋になる扉の前で立ち止まり、おしゃべりをしてしまったが……。
ベルナードがゆっくり、扉を開けた。