【番外編】早く来て。
「もう、くすぐったいわ! ねえ、もういいでしょう? 早く来て。他の騎士が戻ってくるかもしれないのでしょう?」
踊り子と睦み合うための、専用の部屋なんてない。
日々を過ごす天幕は、これまた宿舎と同じ、二人での利用。
ライルは専用の一人天幕だから……部屋を借りてもよかったかもしれない。
なんて思っている一方で、心臓はドクドクとして、緊張している。
体の準備は整っているが、いかんせん、初めてなのだ。
うまく……できるだろうか?
踊り子はどう見ても、自分が童貞だとは気づいていない。
つまりここでヘマをしたら……。
「じれったいわね! 焦らすのが好きなの?」
踊り子の方は、経験が豊富のようだ。
子供を作りたいと思うようなエリートには抱かれたことがないが、それ以外では場数を踏んでいるということか。
そんなことを思っていると、踊り子の手で服を脱がされ、そして――。
「おっとストップ。剣は危ない。これは自分で外すよ」
「そ、そうよね。ごめんなさい」
しゅんとした踊り子は、なんだか初心で可愛らしい。
積極的な女性より、こんな風に目線を落として恥じらう方が……俄然、そそられる。
剣をゆっくり床に置き、再び踊り子と向き合おうとした時。
「ごめんなさい」
どこに隠し持っていたのか。
ガードのない剣、スティレットを両手で握りしめた踊り子は、心臓目掛けて突進してくる。
驚いたが、動きは素人。
難なく一撃目を避けたが……。
踊り子は体が柔軟。
まさかの彼女の両脚に体を絡めとられる。
馬乗りになった踊り子が、スティレットを持った両腕を振り下ろす――。
「うっ」
短い呻き声と同時に。
踊り子が倒れこんできた。
倒れこんできた踊り子が、さっきまでいた位置には……。
「ライル……」
「ベルナード、気を抜くなと言ったはずだ」
「! この踊り子が怪しいと気付いていたのか!?」
ライルはスティレットをサイドテーブルに置くと、気絶している踊り子の両手両足を素早くロープで結わきながら、口を開く。
「自分に話しかけてきた踊り子は複数いる。彼女達に話を聞いたところ、ザーイ帝国に行ったことがある踊り子なんていない。みんな、彼らがどんな人種かも分からない――そう答えた。だが最後に自分と話した踊り子は、こう言っていた」
踊り子が口にした言葉、それは……。
――「お兄さんの髪はザーイ帝国の人達と同じね。帝国人のアイスシルバーの髪は美しいけれど、その髪色と同じで性格は氷のように冷たい。残酷無慈悲でとても恐ろしいわ……」
踊り子に脱がされた服を着ながら、ライルが言わんとすることを理解した。
この理解が正解なのか、ライルに尋ねる。
「ザーイ帝国を知らない、どんな人種かも分からないと言う割りに、最後の踊り子は詳しかったわけだ。つまり最後の踊り子が嘘をついているか、それ以外が、嘘をついていると? それだけで怪しいと思ったのか!?」
「それだけではない。自分に言い寄った踊り子たちは、役職を確認しようとした。『お兄さん、強そうね。もしかして指揮官なの?』という具合に。まだ事実確認をしたわけではない。だが自分の予想では、彼女達は、ザーイ帝国から送り込まれた刺客だ」
「な……踊り子に化けていたのか!?」
するとライルは首は振り「違う」と答える。
「彼女達は本物の踊り子だ。それはダンスを見れば一目瞭然。それにこんな陳腐な色仕掛けで、上級指揮官を狙うなんて、笑止千万だ。……自分の助けなど、不要だっただろう?」
「ああ、勿論、そうだ。あんな子供だましに騙されるわけがない」
勿論、あの時。
女の力なんて押し返せる自信があった。
戦闘では素人の、踊り子ごときに暗殺されるわけがない……多分。
「慣れない剣など使わず、毒や薬を使えばいいものを……。全て付け焼き刃に思える。おおかた旅で移動中にザーイ帝国の兵にでも捕らえられ、刺客として指揮官クラスの騎士を暗殺するよう、命じられたのだろう。おそらく人質でもとられて」
ライルが瞬時にそこまで分析していることに、舌を巻く。
弓と剣の腕に自信はあるが、自分は戦術や戦略が、そこまで得意ではなかった。
つまり弓と剣の腕で、上級指揮官になんとなかなれたようなものだ。
ライルのように頭が働かない自分は……騎士としてはここまでかな、とも思ってしまう。
そこで危険を知らせる鐘の音が聞こえる。
「これは敵襲ではなく、刺客がいたという合図。踊り子の数は多い。他の上級指揮官も襲われたのかもしれない。服は着たな? 行くぞ、ベルナード」