【番外編】天国に
「団長、ありがとうございます」
「団長も飲んでくださいよ!」
イーグル騎士団の団長発案で始まった大宴会。
この日の戦闘は日没前に終わり、双方野営地にひいている。
まさに冬支度を始める時期で、今は戦闘より、お互い物資の補給と体力の温存を求めていた。
ゆえに夜襲もないので、安心して宴会ができる。
結局。
気が緩み、宴会などしているなら、そこを襲えばいいか――というと、そういうわけにもいかない。野営地周辺には壕も多数設けられているし、そう簡単に突破できる作りではなかった。
さらに見張りもゼロになるわけではない。
切り込んだはいいが、すぐに囲まれ、逆に殲滅されることも無きにしも非ず。
いにしえの吟遊詩人が語るように、奇襲・夜襲は必ずしも大成功とはいかないのだ。
というわけで本日は、飲めや歌えや踊れと、地獄から一転、天国になっているが。
ライルはまだ酒を飲める年齢ではない。
かくいうわたしも、だ。
今はまだ飲めない。
ぶどうジュースを赤ワインのように飲んで、酔っているふりだ。
「ねえ、お兄さん、あなたとってもハンサムね。長めのホワイトブロンドも素敵だし、その瞳、エメラルドのようだわ。それにこのえくぼ」
黒髪の踊り子は健康的な肌をしており、驚く程露出の多い衣装を着ている。ダンスのための衣装らしいが、カトレア王国の貴族令嬢はみんな、脚を隠していた。こんな風に堂々と脚を剥きだしていることに驚くし、目のやり場に困る。
だが、そんなことはおくびにも出さず、さも慣れているような素振りで踊り子の言葉に応じるが……。
まだ女を抱いたことはない。
騎士というのは戦闘能力を研ぎ澄ますことになり、より本能的に動くことが多かった。特に武器を手にした実戦訓練の後、娼館へ足を運ぶ先輩も多く、連れて行ってもらうこともあったが……。まあ、慣れていないので、いろいろうまくいかず。
その欲求はあるし、この踊り子のように好意を示されることも多い。
つまり抱こうと思えば、抱けるチャンスがあるのに、一歩踏み出せない理由は……。
ライルだ。
そこでライルを見ると、白ワインを飲んでいるように見えるが、実際飲んでいるのはただの水。でもそのグラスを口に運ぶ姿は、白ワインを飲んでいるようにしか見えない。
そのライルに話しかける踊り子がいる。
「お兄さんの髪はザーイ帝国の人達と同じね。帝国人のアイスシルバーの髪は美しいけれど、その髪色と同じで性格は氷のように冷たい。残酷無慈悲でとても恐ろしいわ……。でもあなたはとても優しそうに見える。凛としているけれど、どこか寂し気。まるで誰かを探し求めている子犬みたいだわ」
黒髪を三つ編みにした踊り子は、ライルにしなだれかかるが……。
「あいにくですが、自分も性格は冷たい方だと思います。それに潔癖症なんです。触れないでいただきたい。申し訳ないのですが」
これには「おい、おい、ライル!」とどやしたくなる。
ライルは女性がいる場に行くと、いつもこれだ。
性格が冷たい……というのは踊り子の言葉にあわせて言ったことだろう。
だが潔癖症。
いつもそう言って、自身に触れようとする女性を遠ざける。
では本当に潔癖症なのか?
まさか。
戦場に出れば、自身と男どもの血と汗にまみれることになる。
潔癖症だったら耐えられないはずだ。
だがライルは平然としている。
つまり潔癖症というのは嘘だ。
女性避けのための。
つまりライルはモテるくせに女遊びを一切しないのだ。
あっちの要求がないのかと思い、一度尋ねたことがある。
するとライルは――。
「自分は心から抱きたいと思う女性以外に、手を出すつもりはない。そしてその女性はこの世界でただ一人だけ」
驚いた。
婚約者がいるわけでもないのに。
一体どこの誰に操を立てているのか!?
まだ見ぬ、知らぬ、未来の花嫁のために、貞操を守るのか!?
驚いていろいろツッコミをしたが「……うるさいぞ、ベルナード」とバッサリだ。
そんなライルの倫理観を知ってしまうと……。
欲求があるのに、手を出すことをためらってしまう。
「ねえ、お兄さん、あなた指揮官クラスよね。エリートさん。私ね、子供が欲しいの。でも踊り子なんて、病気を持っている、お前らを抱くぐらいなら娼館に行くって言われて……手を出してくれるお客さんがいないのよ。病気なんて持っていないのに! それに結婚なんてしなくていい。だから……一度でいいから抱いてくれない? あなたのような美しくて優秀な男の子が欲しいの。その子を育て、いつか踊り子稼業から足を洗いたいのよ」
いきなりそんな話を踊り子から持ち掛けられ、ビックリだ!
「お兄さんは女慣れしているみたいだし、それに親切そう。後生だからお願い」
こんな風に言われたら、断りにくい。
騎士道精神の観点からも、困っている者は助けよ――なのだ。
ライルの倫理観に惑わされていたが、先輩騎士達も、後輩騎士や兵士たちでさえ、娼館で女を抱いているのだ。自分でもよく分からない使命感で、童貞を死守する必要はないだろう。
ということで。
「分かりました。レディ。そこまで言われたら、願いに応えないわけにはいきません」
こうしてこっそり宴会場を、踊り子と一緒に抜け出した。
お読みいただき、ありがとうございます!
実は以下の作品も
一二三書房様のWEB小説大賞の
一次選考を通過していました~
応援くださる読者様に心から感謝です
『断罪の場で悪役令嬢は自ら婚約破棄を宣告してみた』
https://ncode.syosetu.com/n8930ig/
本作、二次選考中ということで番外編を公開⭐︎
ほんわか可愛い物語で
癒しのひと時をお楽しみくださいませませ(^-^)