【番外編】胸騒ぎ
ライルとつるむようになると、自然と自分は優等生になっていく。
いかに楽ができるか――それを考えているのに。
ライルはその逆。
どんなに苦しくて大変でも、絶対に覚える――そう決めているのだ、どんなことも。
剣・槍・弓・馬術。
戦術や戦略の座学でも。
ライルはとにかくそれを自身のものにしようと懸命になる。
「矢は全て的に当たっている。もういいだろう。ライル?」
「いや、ダメだ。的の中心からそれた矢が三本もある」
「御冗談を。十本矢を放ち、三本しか命中しなかった……ではないんだぞ? 十本放ち、全て命中。そのうち七本は真ん中を射貫いている。残りの三本はわずかにずれただけだ。それなのに」「ベルナード」
ライルの碧眼がわたしを射貫く。
「心臓に命中しなかった場合、反撃される。その反撃で味方がやられるかもしれない。自分が命を落とすことになるかもしれない。よって百発百中ではなければならないんだ。生き残るためには」
「な……ライル。それは戦場での話だろう? 王立イーグル騎士団は、王都の防衛が第一だ。国境付近の最前線には出ない」
この指摘にライルは……。
「それは……そうだな。ベルナード、君が正しい。だから君はもうあがるといい。君は十本中九本を命中させている。それは決して悪い成績ではない。むしろ教官だったら『合格』判定だ」
のらりくらりと生きると決めていた自分は、ライルの言葉にニヤニヤしてしまう。
「そうだろう。ライルだって『合格』判定だ。今日はもう帰ろう。それに今の時間なら、王都に新しくできたシュークリームの店がまだ開いている。みんな買いに行っている。これから行かな」
「ただ、自分が求める結果とは違うが」
それだけ言うと、ライルは矢を弓につがえる。
そうなると……。
「あー、はい、はい。がんばってください」と帰ることもできるのに。
なぜなのか。
ライルの求める結果を出し、「どうだ!」と言いたい気持ちになっている。
「あー、もうっ!」とぼやきつつ、矢筒に新しい矢を入れていた。
そしてこの日の会話。
自分が言ったことにライルは「ベルナード、君が正しい」と言ってくれたが、そんなことはないと判明する。
それは騎士見習いを卒業し、従騎士を終え、正騎士に任命され、しばらくしてのことだった。
「おい、ベルナード、聞いたか? 王立ソード騎士団の副団長が、ザーイ帝国の射者の毒矢に倒れたって。そのせいで前線が総崩れになり、一時、帝国軍が国境を超えそうになったらしい」
日勤で宮殿の警備につき、昼食で騎士団本部の食堂にいると、同僚の騎士に声をかけられた。そして知らされた話にドキッとする。
なぜって。
ライルは自分とは違い、正騎士に任命されてから、あれよあれよという間に出世していた。ただの騎士から上級指揮官に抜擢され、ついには副団長に任命されていたのだ。
ライルの真面目な勤務態度、誠実さ、任務をこなしながらも、早朝深夜に訓練を続ける姿。それはもう上位者を喜ばせた。「まさに騎士の鑑」と称され、見習い騎士には、ライルの生活ぶりが紹介されるほど。
しかもライルは平民出身だった。だからだろう。自分が出世することで、妬みを受けないよう、報告書には、必ず同僚や先輩の活躍に触れるようにしていたのだ。
それがまた絶妙な塩梅。
明らかに功績者はライルなのに、その日の勤務者は皆、褒賞がもらえる。ライルと勤務した者は大喜びとなり、惜しみなく彼を誉めるのだ。おかげでライルの足を引っ張る者なんていない。
その結果、異例の若さでの副団長への任命につながった。
世渡り上手は自分と思っていたが、ライルの方がうんと上手だった。
そしてライルと同じ副団長という役職者が戦死した。そこで役職が同じだからと、ライルを結びつける必要はない。それでもドキッとしてしまう。なぜならその後、「ソードの副団長が戦死したらしい」という声を、何度も聞くことになるからだ。どうしたって「副団長」の部分を耳が聞き取り、反応してしまう。
その時点で何となくの胸騒ぎがあったが。
それから数日後。
騎士団宿舎のライルの部屋に向かっていた。
副団長ともなると、宿舎に個室を与えられる。
しかも寝室に隣室まであるのだ。
自分は上級指揮官に任命されたものの、それでも別の上級指揮官と二人部屋。
だべりにいくならライルの部屋と決めていた。
といっても、ライルはしょっちゅう何かしらの訓練や練習をしているから、部屋にいないことが多い。でも今日はライルから声をかけられたのだ。
「ベルナード、部屋に来ないか」と。
変な話、恋人に部屋に来ないかと言われたぐらい、嬉しくなっていた。
だから宮殿勤めのメイドに頼み、王宮付きのパティシエが作った焼き菓子も手に入れている。
ライルは何事にも全力投球だから、甘いものを喜んで食べていた。
体が糖分を欲するのだろう。
こうして手土産として焼き菓子を持ち、部屋に向かう――。
やはり恋人を訪問する男の気分になるが、そうではない。
ということで扉をノックすると、すぐに反応があり、部屋に入る。
ライルはどうやらつい先程、部屋に戻ったようだ。
まだ騎士団の隊服を着たままだ。
対して自分は、白のだぼっとしたチュニックに黒のズボン。
……隊服で訪ねた方がよかったか。
自分だけ寛いだ姿でいることに申し訳なく思いつつ、ライルの対面のソファに腰を下ろす。
申し訳なさを誤魔化すように「ライル、お前の好きな焼き菓子だ」と差し出す。「ありがとう、ベルナード。君が部屋に持ってくる菓子は、全部美味しい」と、ライルは微笑む。当然だ。わざわざ王宮付きのパティシエのお菓子を、頼み込んで貰っているのだから。
だがそんなことは口に出さない。
ベルナードが持参するお菓子に間違いはない――そう信頼されるだけで十分。
男同士の友情とはそういうものだ。ブランド名などあまり関係ない。本当に旨い物を知っているか、どうか、だ。
「ベルナード」
「なんだ、ライル」
褒められて気分がいいので少しニヤけた顔で応じる。
だがライルがこの時、告げた言葉は――。
「王立ソード騎士団の副団長の戦死、国境突破の危機を経て、国王陛下が決断された。王立イーグル騎士団が、前線に送られる。王都の防衛は、近衛騎士団が兼任することが決定した」
お読みいただき、ありがとうございます!
アイリス異世界ファンタジー大賞に続き、ドリコムメディア大賞で一次選考通過した作品があります!
応募総数5,086作品で、一次選考通過はわずか139作品という狭き門……。
これから二次選考ですね。
↓
『溺愛されても許しません!
~転生したら宿敵がいた~』
https://ncode.syosetu.com/n3408ij/
未読の読者様はぜひぜひご覧ください〜
幾重にも謎の重ね掛けがされており、全てが明らかになった時は号泣!でもハッピーエンドです。
ページ下部にバナー設置済み
見つけてくださいませ!