終わり
人間にはいろいろな性格の人がいる。
誰かの幸せや成功を、心から喜べる人もいれば、嫉妬し不幸を願うようなタイプも存在した。
そう、ユーリのように。
ユーリは自分がいつも世界の中心にいないと許せなかった。
何に置いても自分が一番。
さらに自身が欲しいと思ったものは、手に入れないと気が済まない。
その我欲の強さ、偏執な程の自己愛で、最後は墓穴を掘ることになった。
結局、ユーリは妊娠していたが、その父親は間違いなく、第二王子ではなくエドガーだ。
第二王子を貶め、虚偽の発言をし、彼を脅したこと。
本来、許されることではなく、死罪が相当だ。
ただ、ユーリのお腹には新しい命が宿っている。
主の教えで妊婦への格別の配慮が求められているわけではないが、そもそもが罪人が悔い改めることを重視している。命を重んじることもあり、極刑は好まれない。
その結果、ユーリとエドガーは王命で婚姻を結ぶことになり、シェーリル島という孤島へ送られることになった。この島は海鳥の楽園。その羽毛は最高級で知られている。シェーリル島には沢山の海鳥のための小屋があり、その小屋に貯まった羽毛を回収する必要があるのだが……。
とにかく周囲に他に島はなく、大陸からも船で一か月もかかるような場所。島には人間より海鳥が多く、何もない。こんな場所で働きたいと思う人はいない。そんな島なのだ。
つまりこの島に送られた罪人は、死ぬまでここで羽毛の回収をすることになる。娯楽もない自給自足での海鳥との生活。ここでユーリは子供を産み、育て、海鳥とエドガーと共に生きて行くのだ。
ピンクダイヤモンドを求め、護衛の兵士の数を減らし、私が死んでもいいと思っていたユーリ。彼女のせいで二人の若者が命を落としているのだ。夫と子供と共に生きられるだけでも、感謝すべきではないだろうか。
ただ、誰よりも着飾ることを好み、舞踏会や晩餐会を楽しんでいたのがユーリだ。華やかな生活から一転、島流しでの孤島生活。どれだけ絶望しているかと思うが、これも全て自身が撒いた種の結果だ。自業自得。
そんなモンスターのようなユーリを育ててしまった両親は、王家に対し、多大なお詫び金を支払うことになった。金の工面で私のところへ来たが、絶縁を宣言し、追い返している。
ユーリへ一心に注いだ愛情。その愛情を少しでも私に向けてくれていたら、こんな結果にはならなかっただろう。自ら招いた結果の尻拭いは、当人達にしてもらうしかない。
こうしてユーリと両親に訪れた厳しい冬。
一方の私は、人生の長い冬の時代を抜け、まさに春へと向かっていた。
◇
「若奥様、ついにタウンハウスが完成し、薔薇石英を扱う宝飾品店、ブティック、カフェもオープンですね。こんな日を迎えられるとは、数カ月前には思ってもいませんでした」
本当にフィオナの言う通りだ。
数か月前の私は、一生日陰暮らしを約束されたような状況だったのだから。
ちなみに旧グランドホテルをタウンハウスにした理由。それはライルの私への配慮だった。元平民の侯爵が、伯爵令嬢である私を妻に娶る。パッとしないタウンハウスに私が暮らすようになれば、「やはり元平民の侯爵などと結婚するから、あんなタウンハウスにしか住めない」と後ろ向きな噂をされてしまうかもしれない。誰もが「これは!」と思うタウンハウスに私を迎えたかったというのだから……。
ライルの愛の深さに胸が熱くなる。
「この日を迎えるまでは、本当に大変だったわ。フィオナのサポートに、とても助けられたと思うの。ありがとうね。それにローズロック領を目指し、危険な森で盗賊に襲撃された時。もう終わりだと思った。でもライルに出会い、不幸のどん底から這い上がることができたわ」
フィオナがそばにずっといてくれたこと。
ライルがちゃんと幼い頃の約束を果たしてくれたこと。
その感謝の言葉を口にすると、フィオナは涙ぐみ、側へ来たライルはこんな風に言ってくれる。
「アイリ。自分はただ君を奪うように、嫁に貰ったに過ぎません。薔薇石英を王都に広め、ウィンターボトム家の収益の大きな柱にしてくれたのは、間違いなく君です。隠されていた商才を開花させたのは、アイリ自身。今日という日は、君自身の努力で得たものです。自信を持ってください」
ライルはそう言ってくれるけど、私の商才が開花することになったのは、彼のおかげだ。
私を理解し、励まし、応援してくれたから、ここまで来れた。
ミルフォード伯爵家にいた時。
商会経営に口出しでもしようものなら、大激怒されていたのだ。
つまりライルのような理解者がいなければ、私は自分の力を発揮することはできなかった。
「ライル。あなたがいてくれたから、私はここまで来れたのです。才能がいくらあっても、それを生かせる環境がないと、開花することなく終わってしまう。ライルが私を支え、力を引き出してくれたのです」
「アイリ……!」
ぎゅっとライルと抱き合うと、紺色のスーツ姿のベルナードが、いつもの調子で声をかける。
「主、若奥様、レセプションが始まります。正門を開けるので、続々馬車がエントランスに到着します。準備はよろしいですか?」
セレストブルーのフロックコートを着たライルが「ああ、問題ない」と応じた。そして白地にセレストブルーの薔薇がプリントされたドレスを着る私の手を取る。
「ではお客様を迎えようか、アイリ」
「ええ、お迎えしましょう」
ライルにエスコートされ、エントランスホールを歩き出す。
開かれた扉からは、春の兆しを感じる温かい風が、ふわりと入り込んできた。
エントランスを飾る、ミモザの明るい黄色の花も見えている。
ライルと手を取り合い、支え合い、幸せな人生を送れるように。
感謝の気持ちと思いやりの心を忘れず、生きて行こう。
そう心の中で誓いながら、エントランスへと踏み出した。
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