この傷も含め
食後の紅茶を飲み、クッキーを食べていると、バイオリニストがワルツの曲を演奏し始めた。
これはライルと目を合わせ、微笑み合う。
「アイリ、ダンスを一曲、いかがですか?」
「ええ、ライル。喜んで」
こうして踊ったワルツは、軽快な曲調のものだった。
踊り始めると楽しくなり、続けてダンスをしたくなる。
それは演者に伝わり、すぐにもう一曲、軽やかなものを演奏してくれた。
楽しく踊ったその次は、しっとりした曲調の演奏がスタートする。
途中、リズミカルな部分もあるが、優雅な旋律はムード満点。
踊り終えると、自然とライルの胸に身を寄せてしまう。
その胸からトクトクと高鳴っているライルの心音が聞こえる。
ロマンチックな曲調のワルツだったが、ダンスは全身を使う。
心拍数が上がるのも当然。
でもこの鼓動はきっと――。
「アイリ。このままベッドルームへ行ってもいいでしょうか」
ドキッとするが「そうですよね」という思いもある。
だって今晩はそういう夜だから。
「はい」と控え目に返事をすると、ライルが喜んでいる気配が伝わって来た。
そのままライルが私を抱き上げる。
そして寝室について、驚くことになった。
シングルベッドが二つ置かれているはずなのに、天蓋付きのキングサイズのベッドに変わっていたのだ!
「自分達は夫婦ですからね。滞在中はこのベッドにして欲しいと、密かに頼んでいたのです」
「驚きました。でもこれなら一緒に休んでも、窮屈ではないですね」
シングルベッドで二人で休むには、限界がある。
ベッドに入る時は、二人。
でも私が眠りに落ちると、ライルは隣のベッドへ移っていたのだ。
でも今晩からは、その必要がなくなる!
嬉しくて笑った瞬間、息を大きく吸い込み、甘く爽やかな香りを感じる。
部屋全体にピオニーの香がたかれていた。
「いい香り……」
「アイリのお気に入りの香りなので、リラックスできると思い、たかせました」
寝室も明かりは抑え目になっており、ピオニーの香りとも相まって、とても気持ちが落ち着く。
だが。
ベッドに下ろされると、ドキッと心臓は反応する。
でも。
ベッドにはピオニーの花が飾られており、思わず「綺麗」とささやく。
「王都で温室栽培されているピオニーを、買い占めてしまいました」
そう言ったライルが体重をかけるので、私の体はぽすっとベッドに沈む。
「緊張していますか?」
その通りなのでこくりと頷くと、「では力が抜けるよう、ドレスを少し緩めましょうか」と言われる。言われるままに任せると、ライルはウエストのリボンなどを、シュッと音をたてながら外していく。
思わず「手慣れているわ……」と呟くと「練習しました」と言われ、さすがにこれには笑ってしまう。
高級娼館で一体どんなことを学んでいたと思ったら、部屋の演出からドレスの脱がし方まで学んだと言うのだから……。
「アイリ、笑いごとではありません。ドレスを脱がすのでもたついたら、せっかくのムードが台無しです」
でも娼館で学んだことを聞かせながら、ドレスを脱がせている時点で、ムードはないかもしれない……なんて思っているうちに!
さすがは練習しただけある。あっという間に私は下着姿にされてしまった。
そうなると自然と両手で体を隠すようにしてしまう。
「アイリ、君だけに恥ずかしい思いはさせませんから」
そう言うとライルが着ているテールコートを脱ぎ始めた。
ここで初めて私は知ることになる。
ライルだからなのか。
ライルだからなのよね、きっと。
正装していたライルが服を脱いでいく姿は、大変セクシーだった。
タイをシュルッと外す仕草、シャツの一番上のボタンをはずす動作。
どれもこれもドキドキして、しっかり見てしまう。
すると。
「さすがにそこまでじっと見られると、恥ずかしいですね」
明かりが抑え目でも分かるぐらいに、ライルの顔が赤くなっている。
「男性でも見られると恥ずかしいのですか?」
「そうですね。アイリに見られるのが恥ずかしいです。騎士が大勢いるところでいくら裸になっても、気にならないのですが……」
私に見られると恥ずかしい、だなんて。
恥ずかしいと言いつつも、ライルはシャツまで脱ぎ、引き締まった裸の上半身が露わになった。
そして明るくなくても分かってしまう。
その鍛え上げられた体には、いくつかの傷痕があることを。
以前、胸の辺りと背中の傷痕は、目にしていた。
だがあくまで背中にキスをするため、寝間着の上衣を脱がせただけだ。
正面から完全に服を脱いだ状態を見るのは、これが初めてだった。
つまり。
胸の辺り以外にも、脇腹や脇の方にも、傷痕があることが分かったのだ。
戦場では相手の命を狙う。
心臓を狙った攻撃を、何度も受けた結果なのだろう。
「騎士団の団長なのに、怪我があるのはダメですね」
「そんなことないです。いきなり騎士団長になったわけではないですよね。日々の練習や訓練で怪我をする。戦争で九死に一生を得る。傷痕はライル様の功績の証です。以前も言いましたが、勲章だと思います」
私は上半身を起こし、その傷痕に指でそっと触れる。
古傷なのだろうか。
でもこうやって残る傷なのだ。
怪我をした瞬間は、相当痛みがあったと思う。
「私に会うために騎士を目指し、こんなに傷まで負うことになって……。この傷も含め、私への愛ですよね。だから傷痕さえ、愛おしく感じます」
そっとその傷痕にキスをすると。
「アイリ……君の優しい言葉で、全ての苦労が報われます」
ふわりと私を抱きしめるライルの体からは、甘いムスクの香りが漂う。
そのまま私の体は再びベッドに沈み込み、ライルの逞しい体が静かに重なった。