やり直し
ライルは初夜について既に勉強済み。
でも私は……。
結局、初夜について書かれた本は、最後まで読み終わったわけではない。
だ、大丈夫かしら!?
「アイリ、顔が赤いです。今日はこの季節にしては気温が高い。のぼせましたか?」
「き、気のせいです。でも少し……暖かく感じます。何かジュースをいただこうかしら」
「ではリンゴジュースを取ってきましょう」
ライルはとても甲斐甲斐しくしてくれる。
おかげで一旦、初夜の件は忘れ、用意されている料理を楽しむことができた。
「それではこれでウィンターボトム侯爵夫妻の結婚式は終了です。そちらで薔薇石英のチャームを、お土産としてご夫妻が配っています。ぜひお持ち帰りください」
ベルナードの言葉に、レストランにいたみんなが移動を開始する。
薔薇石英のチャーム。
それは帽子、鞄、扇子などに飾ることができるアクサセリーだ。
ハートの形をしており、銀細工との組み合わせで、見た目以上に高級感もあった。小箱に入ったそれをライルと二人、お見送りをしながら配ると、皆、喜んでくれる。
「薔薇石英が急に王都で人気と聞いた時は、本当にビックリだったわ。領地の加工工場は、年明けからフル稼働しているわよ。これもアイリさんが頑張ったからでしょう。ライル、素敵な奥様を迎えることができて良かったわね」
義母のこの言葉には、心から嬉しくなる。
実の母親からこんな風に褒められたことが、あっただろうか?
例え血がつながっていなくても。
本当の母親以上に優しい義母が、私は大好きだった。
そして。
この優しい義母とはここでお別れになるのは寂しい。
「お義母様、今日は本当に一緒にホテルへ戻らなくていいのですか?」
「いいの、いいの。だってどうせ領地に戻らなきゃいけないのよ。今日これでアイリさん達が泊まるホテルへ戻っても、明日またこの辺りを通過するでしょう。それにこのレストランの二階が宿になっているのよ。このまま二階へ行けば、寝ることだってできちゃう。私のことは気にしないで。それに護衛の騎士も沢山つけてくれたから、大丈夫よ」
今が真冬ということもあり、あの危険な森での、ならず者の出没回数も減っているという。それに春には王家が大規模な掃討作戦を行うことを決めている。
「アイリ、最後の馬車が出発です。見送りましょう」
「分かりました、ライル」
こうして友人達が乗った馬車を見送り、私達も帰り支度を始めることになった。
◇
早朝から動いていたからか。
さらにホテルまで戻る道は平たんで、馬車道もきちんと整備されていた。
ゆえに激しい振動もなかったので、ライルにもたれた私は……。
そのままウトウトと眠り込んでしまった。
ライルは私が眠りやすいように、肩を貸し、膝掛けで体を包んでくれた。
おかげでぐっすり眠り、そして――。
「ちゅっ」
額への優しいキスで目覚める。
「アイリ。ホテルに到着しました。自分が部屋まで抱きかかえて行きましょうか」
「! 自分でちゃんと歩けるので、大丈夫です。ありがとうございます」
「そうですか。残念です」
そんなところで残念がらなくても!と思うが、そういうライルが可愛くてならない。
ともかく馬車を降り、ライルのエスコートで部屋まで戻る。
半日着ていたウェディングドレスを脱ぎ、入浴をすることになった。
ライルもまた別室で入浴だ。
入浴をして、身支度を整えると、もう夕食の時間になる。
なんだかあっという間だった。
「湯船に入れる香油はどうされますか? ホテルで用意されている薔薇にされるか、若旦那様の商会のピオニーにされるか」
「そうね。せっかくだからピオニーにして頂戴」
こうして入浴を終えると、髪を乾かし、お化粧をして、アイスブルーに沢山のビジューのついたイブニングドレスへ着替えた。
今日の夕食は部屋に用意してもらえることになっている。
つまりライルと二人きりでディナーだ。
「!」
リビングルームの明かりは控えめにされ、代わりにテーブルにロウソクが置かれていた。その炎がゆらゆらと揺らめいている。そのテーブルには白いクロスが広げられ、ピオニーの花が飾られていた。
一気にムーディな雰囲気になっており、ビックリしてしまう。
「アイリ!」
アイスブルーのテールコートに着替えたライルが、部屋に入って来た。
ディナータイムに合わせ、前髪の分け目を変えたライルは、とてもカッコいい!
見ているだけでトクトクと心臓が高鳴ってしまう。
しかも着席すると、バイオリニストがやって来てた。
食事の進行に合わせ、演奏を披露してくれる。
さらに料理は一皿ずつのコースで、シェフがわざわざ部屋に運んでくれるのだ。
肉料理では、目の前でフランベをしてくれる。
これには思わず拍手をしてしまう。
なんというかとても贅沢なディナーで、心身共に満足できた。
フランベ:料理にアルコールをかけ、火をつけ、香りや風味を引き出すこと