もはや手遅れなのでは?
「ライル」
最愛の名を呼ぶと、私は両手を伸ばし、彼の頬を包み込む。そして――。
私からキスをされたライルは、間違いなく驚いていた。
でもすぐに求める気持ちに応えてくれる。
こんなに深いキスは久々だった。
呼吸の激しさに連動するように、全身が熱くなり、鼓動も速くなっている。
ぽすっとソファに倒れこむようになり、両手をついたライルが私を覗き込む。
いつも澄んでいる碧い瞳は熱を含み、突き上げるような衝動に必死で耐えている。
ここは騎士団宿舎。
しかもライルは団長。
強靭な精神力で、彼は自身の熱を抑え込んでいる。
ずっと会いたいと願った少年。
その想いは同じだった。
約束を忘れず、こんなにも立派になって、会いに来てくれた――。
違うわ。
私が会いに行った!
「髪の色が……アイスシルバーではないわ」
まだ息が上がっているが、声を絞り出す。
そして腕を伸ばし、そのサラサラのプラチナブロンドに触れる。
「髪は……ザーイ帝国との戦の最前線にいたのです。アイスシルバーの髪色は北部の地、ザーイ帝国にルーツがあるのは確か。対峙している帝国軍には、沢山のアイスシルバーの髪をもつ人間がいました。戦闘時は兜も被り、甲冑を身に着けます。勿論、団長を示す特別なマントも着用していますが……。戦闘中は何が起きるか分かりません。土や血で汚れれば、マントの色や紋章だって分からなくなります。敵味方の区別がつかない……そんな状態は常に起こりやすいのです」
「ということはその髪は……」
ライルは髪に触れていた私の手を、自身の手で優しく包み込む。
そして手の平へキスをすると、「髪は染めました」と答えをくれる。
「アイスシルバーの髪。とても美しかったわ」
「アイリが望むなら、髪は染め直さず、そのままにします」
「ライル……」
思いっきり甘えるように彼の名を呼ぶ。
とろけそうな顔になったライルは、飛びっきりの甘いキスをする。
でもそこで私がさらにキスを求めると……。
「アイリ、ここまでです。これ以上は自分の理性が限界……」
そう言って悶絶するライルは限りなく艶っぽく、限界突破させたくなるが。
彼は今日この日まで、私との再会を願い、懸命に努力を重ねてきた。
時に過酷な戦場を駆け、命を賭して、今がある。
その名を汚すわけにはいかない。
ということで甘々のキスの時間は終了。
ライルのベッドで仲良く抱き合い眠ることになった。
「ねえ、ライル。どうしてライルのベッドで一緒に寝ることが、特別なのかしら?」
ライルは「自分が普段寝ているベッドで一緒に寝るのと、アイリが滞在しているベッドで一緒に寝るのでは、意味合いが全く違います!」と言っていた。でもこの意味が、ベルナードも私もさっぱり理解できなかった。
「それは……このベッドは自分が普段、寝ているベッドだからです。このベッドは言わば自分の日常の象徴。安心安全で心が落ち着く場所なんです」
「つまりこのベッドでドキドキしたり、興奮する事態は本来起きないはず?」
「そうです。起きないはずですし、起きてしまえば……。以後ここに身を横たえる度に、その出来事を思い出してしまいます」
「なるほど」とようやく腹落ちできた。
同時に。
もはや手遅れなのでは?と思ってしまう。
だって。
キスこそしていないが、私はライルに腕枕され、今、そのベッドに横になっている。
間違いなく非日常であり、ライルはドキドキしているだろう。
「ライル、もう手遅れですよね?」
するとライルは……。
「……そうですね。このベッドの平穏は既に破られました。それならば……」
発想を逆転させてしまったライルは我慢を止めて……。
まさかのここで溺愛新婚甘々旦那様モードになってしまい、それは大変(嬉しい)だった!
◇
ユーリを監視する任務。
それは彼女の妊娠が確認される3月まで、行われる予定だった。
だがエドガーが全てを暴露することで、ユーリと第二王子は一線を越えていない――それが明らかになったのだ。もはやユーリが妊娠していようが、いまいが、王家には関係ない。宮殿で隔離する必要もなくなった。
つまりライルの任務は解かれた。
通常の騎士団の団長として、職務を全うする状態に戻れたのだ!
今は戦争もなく、紛争も起きていない。
それに王立イーグル騎士団の元々の役割は、王都の防衛。
ライルは自身の鍛錬を続けつつ、騎士達の育成を行い、さらに団長としての事務仕事を行うことになった。現場の騎士との交流を維持したいということで、夜勤や日勤に入り、見回りをしたり、検問を手伝ったりもするが。基本は定刻通りに出勤と退勤をできるようになった。
そうなると騎士団宿舎で寝泊まりする必要はなくなり、ホテルで過ごせるようになる。これにはライルは大喜び。
でもその喜びもつかの間、世の中はホリデーシーズン真っ只中。
すぐにニューイヤーイブとなり、ニューイヤーへ突入し、その時のライルは大忙しだった。
ただ、言っていた通り。
それが終わるとライルは一週間の休暇となった。
そして彼はこう言っていたのだ。
「王都の中心部から少しはずれたところに、こぢんまりとしていますが、素敵なバラ窓の教会があります。そこで結婚式をもう一度挙げませんか?」
ローズロック領での結婚式に、参加できなかった私の友人達。
彼女達が気軽に参列できる結婚式を挙げること。
それをライルは提案してくれていたのだ。
そしてその結婚式が、まさに今から始まろうとしていた。