大切に
ライルが騎士として歩み始めた時からずっと、私の名前とミルフォード伯爵家の紋章が刺繍されたハンカチを大切に持っていた……?
え、これは……。
え、まさか……。
え、でも……。
「収穫祭の翌日。ミルフォード伯爵家を見に行きました。自分が子供だったこともあり、その屋敷は宮殿と同じくらい大きく、圧倒され……。『いつか大人になり、俺が立派になったら、君に会いに行く』と言っておいて良かったと思いました。幼いながらもすぐ理解できたんです。今の自分で会いに行っても、門前払いされるだけだと」
驚き過ぎて、口をぱくぱくさせる私の頭を、ライルは優しく撫でる。
「絶対にアイリに相応しい自分になり、会いに行こうと決めました。どうやったら平民でも、貴族に近づけるか。それをまず調べました。爵位を買えるぐらい裕福になる……でもその方法は、なんだか違うと思いました。そこでようやく一つの方法に辿り着いたのです」
そこでライルはふわっと笑顔になると……。
「そうだ! 騎士を目指そう。ザーイ帝国との戦乱が続き、平民でも騎士に登用されると聞いている。しかも武功を立てれば、爵位を授けられるんだ!」
少年のような口調でそう言うのだ。
「自分はずっと。あのハンカチを胸に、立派な大人になり、アイリに会いに行くと誓い、邁進してきました。団長に就任した時は遂に……と思ったのです。でもその喜びもつかの間、ザーイ帝国との最前線に、まさかの王都の防衛に努めるはずの王立イーグル騎士団が、送り込まれることになりました」
ライルが私の頬を包み込むようにして、そしてゆっくりと指で唇をなぞった。
いろいろ頭の中で考えることがあるのに、その動作により、何も考えられなくなる。
「ようやくアイリに会いに行けると思ったのに。でも激戦の中、『生きて王都へ戻る。そしてアイリに会いに行く』という希望を与えてくれました。そうして王都へ戻ることが出来ましたが――」
そこでライルは考える。
十二年間。
ひたすら再会をライルは願い、走り続けてきた。
その努力の結果。
晴れて騎士団の団長となり、侯爵位も授かっている。
つまりかつての平民の自分ではなく、貴族の一員になった。
よって私に堂々と会いに行ける立場になることはできた。
だが……。
「立派な大人を目指す中、自分はアイリに特別な感情を持つようになりました。つまり気づけばアイリに恋をしていたのです。でもそれは一方通行な恋にも思えました。十二年前に、一度会ったきりで。その後、一切の連絡もとっていない。それなのにずっと想い続けていました、愛しています――もし告白しても、怖がられるのでは? 気持ち悪いと思われたら……そんな風に悩むようになったのです」
では私を諦めるか。
それは無理だった。
十二年間も想い続けて、その気持ちをなかったことにはできない。
同時に。
戦場に出ている間、王都からの情報は定期的に仕入れていた。
だが一介の貴族の婚姻状況なんて、さすがに調べている場合ではない。
ゆえにいざ王都に戻ると、私が婚約していたり、それどころか結婚していたらと気になった。
急いで調べたところ、妹のユーリのところへは沢山、求婚状が届いてた。
しかも本人は社交界の華と呼ばれ、多くの令息の心を掴んでいる。
対して私には一切、浮いた話が出ていない。
懸念事項は一つ、解決された。
次に気にかかるのは、十二年間、想い続けてきたことだ。
何しろライルは想い続けてきたが、私は既に忘れている可能性がある。
それなのにずっと好きでした……では気味悪いと思われてしまう件だ。
そこでライルは、自分があの時の少年であると、明かさないと決めた。
だが止めるとなると、求婚する理由が必要だった。
ところがライルは恋愛経験が豊富というわけでもないため、うまい理由が思い浮かばない。
そこで思いついてしまった苦肉の策。
それが国王陛下に「自分はそろそろ結婚したいと考えています。ぜひ陛下から良き結婚相手を紹介いただけないでしょうか。できれば貴族の令嬢を」と申し出ることにつながる。
国王陛下は大喜びで、未婚の妙齢の貴族令嬢の情報を集めてくれた。
沢山の釣書を見ることになったが、それは国王陛下に向けたポーズに過ぎない。
心は……私と決めていた。
こうして我が家に、国王陛下からの書簡が届く。
そこには『この国の“英雄”であるライル・ウィンターボトムに娘を嫁がせよ』と書かれていたのだ。
「そこからは、アイリも知っての通りです。国王陛下からの打診であれば、『なぜ、我が家の娘が?』と考える余地を与えずに済みます」
それはそうだが、ライルと私、両想いだった。
お互いに十二年間。
忘れることはなかったのだ。
「ちゃんと打ち明けていれば、アイリがチェイスに騙されることもなかったのに。申し訳ないです」
しょんぼりと視線を伏せるライルを見て、やはり思う。
ライルは可愛いと。
何よりもその一途さが愛おしくてならなかった。
「ライル」
最愛の名を呼ぶと、私は両手を伸ばし、彼の頬を包み込む。そして――。
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