彼の目論見
ユーリの計画が狂うことになったのは、エドガーと私の出会いだ。
エドガーとの出会い。
出会いというか、その時の私は“再会”だと思っていた。
しかも“偶然の再会”。
でもこの広い王都において、偶然、なんてあり得なかった。
真相はこうだ。
エドガーは唯一、ユーリの悪巧みを知っていた。
当然、この悪巧みの件。
ユーリからすると、秘密にして欲しいはず。
そうなればすることは一つ。
口止めの料の支払いだ。
エドガーからすると、口止めすることの対価の要求。
「とはいえ純潔もいただいているので、お金は、貰わなくてもいいかなと思ったんですよ。でもユーリの方は、なんというか慣れていました。人を従わせるには、お金を使うしかない。そう心得ていたんです。よって僕が何か言う前に、金額を提示した。それで手を打つようにと、言って来たんです」
慣れている……。
なるほど。
ミルフォード伯爵家の使用人もまた、ユーリに擦り寄る姿勢だったが、それは間違いない。お金をバラまいていたのだろう。だからこそ、人を従わせるにはお金しかない。そんな発想になっていた。
人はお金でばかり動くわけではないのに。
それにしても。
エドガーに渡した口止め料は、かなりのもの。
どうやって用立てたのか。
まさかここで登場するとは。
ピンクダイヤモンドのネックレス。
まさに私の命の代償とも言うべきこのネックレス、手に入れた直後、両親に内緒で質入れしていたのだ。そこで得たお金。その大半がエドガーに渡っている。
エドガーはその身分、平民である。
だが家はとても裕福。
伯爵家に匹敵するぐらいの財力があった。お金に困る……なんてことはない。ただ、お金はあるに越したことはない。それに商売人なのだ。お金が手に入るなら、手に入れたい。
というわけでユーリが差し出したお金はありがたく受け取り、以後、関わるつもりはなかった。
ただ、とんでもない悪女が王族の一員に名を連ね、その後一体何をするのか。娯楽として楽しむぐらいの気持ちだった。
その一方で、そもそもとしてユーリがエドガーに近づいた理由。
それは……私が発端。
ユーリの実の姉であり、騎士団長に嫁いだ私に対し、エドガーは興味を覚える。
社交界で噂になるのは、妹であるユーリ。
存在がほとんど知られていない伯爵家の長女アイリとは一体?
なぜユーリはそこまで私を嫌うのか?と。
エドガーは強く興味を持ったようだが。
そんな深い理由なんてないと思う。
ユーリはただただ、自分にスポットライトが当たっていないと、落ち着かないのだ。
主人公は私。姉は引き立て役に過ぎない、と。
ともかく私に興味を持ったエドガーは、探るようになる。
私の動向を。
そこで私がライルと共に王都へ戻るという情報を掴み、接触の機会を得ようとした。
ところが。
私は薔薇石英のこともあり、忙しくしていた。
単独で参加することも多い舞踏会や晩餐会は、知り合うには絶好の機会。
しかしエドガーは貴族ではない。
招待状は入手できなくもないが、どの舞踏会や晩餐会に参加するかが分からないのだ。ゆえにそこで接点は持てないと分かった。
行き詰ったと思ったが、すぐにあることに気が付く。
家業である家具店の顧客リストに、ウィンターボトム侯爵の名がある。
そう、あのタウンハウスでの新しい家具の購入だ。
担当者は別にいたが、エドガーは代わってもらい、頻繁にタウンハウスに足を運んだが……。
まだ旧グランドホテルであり、改装の最中。
私の姿はない。
それでも一度、私は足を運んでいる。
だがその時エドガーは、別の案件に対応していた。
よってせっかくのチャンスを逃す。
人間とは不思議なもので、最初はちょっとした好奇心に過ぎなかった。
さらに簡単に会えると思っていた。
それなのに会えない。
しかもチャンスを逃している。
そうなると、何としても会いたいという執着心が形成されるのだ。
気になる程度の関心から、なんとしても会いたいに変わっていく。
よってあの日。
私が昼食を洋食屋で摂ると知ると、大慌てであのお店へ向かった。
時間はお昼時。
エドガーも昼食を摂ろうと街中へ出ていた。
しかもチェイス家具店は王都の中心部にあり、立地は抜群。
あの洋食屋も徒歩ですぐに向かうことが出来た。
そして何食わぬ顔で店に現れ、私と接点を持ったわけだ。
妹のユーリが光であるならば、私は影だ。
目立たない地味な姉。
エドガーもそのイメージで私に会うことになったが……。
私は以前の私ではなかった。
ライルと結婚し、薔薇石英の売り込みに奔走していた。
忙しく大変だが、充実していた。
自分でも感じていたが、やりがいを覚え、活き活きしていたと思うのだ。
その様子をエドガーも感じることになる。
ユーリの影のような存在の姉かと思いきや、これはこれでありだな、と。
つまりちょっと味見でもしてやろうと、下心を持つことになったのだ。
とはいえ下心剥き出しでは警戒される。
私が望むような男性になりきり、徐々に私のガードを緩めて行こうと思ったが……。
やはり私と二人で会えるチャンスがなかなかない。
それでもホリデーマーケットに向かっているらしいと分かると……。
毎年の買い付けにかこつけ、自身も向かい、そして私に話しかける。
だがそこでライルにガツンとやられた結果。
じわじわと私の心を掴むのではなく、そこそこの信頼を得られたら、とっとと食べてしまおうと考えた。
するといい具合に私と直接仕事ができそうな案件が舞い込む。
タウンハウスでありながら、元ホテルだった建物を生かし、屋敷の中で店舗を運営する。居抜きでそのまま店舗を利用しつつ、内装や一部の家具を、入れ替えることになった。その家具の入れ替えを、チェイス家具店が担当することになったのだ。
これはまさに願ったり叶ったりの展開。
エドガーは何かしら理由をつけて私を呼び出し、うまく人払いをした改装中の店舗の中で、私に手を出すことを考えていたが……。
思いがけず舞踏会の話が出た。
舞踏会。
貴族の娯楽。
面白そうだが強い興味があるかというと……。
なかった。
むしろその招待状を手に入れるために、貴族に媚びへつらうことが嫌だったのだ。
仕事ならいくらでも頭を下げるが、プライベートでまで、貴族に媚びるつもりはない。
だが舞踏会。
私の夫であるライルは、任務で参加が難しい。
そして舞踏会は社交の場でありつつ、不倫文化の温床でもあった。
既婚男女が社交という名目の元、知り合い、アバンチュールを楽しむ。
つまりそういう行為がやりやすい場と、エドガーは考えた。
そこで私に「一度は舞踏会に行ってみたい」と健気なアピールをして、同伴者に選ばれることに成功したのだ。