悪知恵
薬を盛られ、寝込んだ状態で純潔を散らすことになったのに。
ユーリはしたたかにも自身が飲まされた薬を寄越すよう、エドガーに要求した。
エドガーはその図太さを面白く思い、ユーリが何をするつもりか見届けたくなった。
ゆえに言われるままに、薬を渡した。
薬を手に入れたユーリは、行動を開始する。
第二王子が参加する舞踏会に顔を出したユーリは。
エドガーから手に入れた薬を飲み物に加える。そしてそれを第二王子に飲ませた。さらにベッドに連れ込み、意識が朦朧としている第二王子に……。
「僕がちゃんと教えておいたから、ユーリは上手くやれたようですよ。それに自身のドレスのあちこちに、証拠となる第二王子の体液もつけた。その上で『さあ、責任をとってください』と迫ったわけです」
ユーリは悪知恵が働くと思っていたが、まさか第二王子相手にそんなことをするなんて……!
しかも第二王子のことを好きだと言っていた。
好きな相手にそこまで卑劣なことができるもの……!?
「王都に来てからユーリに会いましたか、お義姉さん」
エドガーがそう言うと、私の頬に触れた。
ぞわっとして逃げ出したいが、この体勢では無理……!
「第二王子は、ユーリとそういう関係になったのか、自身ではなんとも言えない。でも状況証拠は揃っている。そこで本当に妊」「そこまでだ」
凛と響き渡る声。
エドガーの首の横で、鋭い剣先が輝いている。
その剣を構えているのは、純白の騎士団長の隊服に身を包んだライル!
しかも私が贈った刺繍入りマントを着用してくれている。
さらにバタバタと足音がして、警備兵が一斉にこちらへと駆けてきた。
◇
「アイリ、助け出すのがギリギリとなってしまい、申し訳ありませんでした」
「大丈夫ですよ、ライル。ソファに押し倒される事態となりましたが、それ以外は何もされていないので」
「……アイリの頬に触れていました」
ライルが握りしめた拳をプルプルと震わせるので、宥めるためにその手に触れる。
純潔を奪われたユーリに比べたら、頬に触れられたぐらい……と思うが、ライルからしたら、それすら許しがたいことだった。それはつまりそれだけ私が大切だということ。
これは……素直に嬉しい。
「アイリ……」とささやくその顔は。さっきまでの冷え冷えとした眼光はどこへやら。甘々な眼差しを私に向けると、そのまま私を抱き寄せる。
私は今、ライルの部屋にいた。
ライルの部屋。
騎士団宿舎に用意されている、ライルの部屋だ!
本来は関係者のみしか部屋に入れないが、私はライルの妻という立場。
しかも聴取にも協力したのだ。
ゆえに一時的に認められ、この部屋に通してもらった。
「主、そこそこ美味しい紅茶をお持ちしました」
「ありがとうベルナード。馬車の手配は念入りに頼む。車輪のねじが緩んでいないか、御者の健康状態も含め、しっかり頼んだぞ」
「はい、はい。要する若奥様と出来るだけ長く一緒にいられるよう、時間をかけろということですね」
ベルナードがズバリ指摘するから、ライルは顔を赤くして、口をパクパクさせてしまう。
本当に。
ついさっきまで、キリッとした姿で侍従長と話していたのに。
今では完全に甘えたい大型犬モードだから……。
「ライル、明日がそこまで早くないなら、一緒にホテルへ戻りませんか?」
私の提案を聞いたライルの顔が輝く。
「というか主。ただ若奥様と休むだけなら、この部屋に泊まっていただけばいいんじゃないんですか。この部屋は他の部屋と違い、浴室もついています。ベッドのサイズも団長に合わせ、大きい。若奥様の着替えなんて、いくらでも調達できます」
このベルナードの提案に、ライルは大喜びするのかと思いきや。
「一つのベッドで寝るなんて、許されるわけがないだろう、ベルナード!」
「えええっ、どうしてですか!? 若奥様と主は夫婦ですよね!?」
「そうですよ、ライル。私は同じベッドでも構いません」
これを聞いたライルは衝撃を受け、でも私が「構わない」と言っているのだ。
頬を真っ赤にしながら「本当にいいのですか? 同じ、同じ、お、同じベッドで休んでも……!」と尋ねた。私は「ええ、一緒のベッドで休みましょう。それに以前も一度、一緒のベッドで休みましたよね」と答えると……。
「自分が普段寝ているベッドで一緒に寝るのと、アイリが滞在しているホテルのベッドで一緒に寝るのでは、意味合いが全く違います!」
「えええ、どこがどう違うんですか、主!」
「何がどう違うのか理解できないわ……」
そんな問答の後。
最終的に話はまとまった。
私がライルの部屋に、泊めてもらうことで。
そうなるとベルナードは、待機しているフィオナを呼びに行く。さらに入浴の準備をするよう、騎士達に伝え……。
みんながバタバタと準備を進めてくれる間に、ライルと私は……。
「ライル。結局、ユーリはどういう状況なのですか? 私はここまで関わってしまったのです。表向きは何も知らないという姿勢を貫きます。ですが何がどうなっているのか。知りたいです」
「本件については、侍従長経由で国王陛下にも報告が行き、アイリに話して構わないとなっています。ただこれから聞くことは、アイリの胸の内に留めておいてください」