したたか
「だからお義姉さん。僕はお義姉さんの記憶にいる、迷子のあなたを救った少年ではないってことです。ユーリから話も聞いていたから、適当に合わせただけですよ」
エドガーはユーリとの出会いから現在に至るまでを、滔々と語り出した。
なぜ突然そんなことを語り出したのか。
それは……酔っていたからだと思う。
「ユーリが突然、話しかけて来たんですよ。街中で。昼休憩で馴染みのレストランへ行こうと歩いていた時です。ユーリは息を切らし、頬を上気させている。何かと思いましたよ。そして子供の頃、迷子のお義姉さんを助けた少年かと問われて……。でもほら、この髪。珍しいでしょう。『絶対にあなたですよね。子供の頃の話だから、忘れちゃいました?』と言われ、話を合わせることにしたんです。そうしたら……」
ユーリはエドガーが私の初恋の少年だと信じ、私への嫌がらせのためだろう。私の前で、自身に告白するよう頼んだ。
「お義姉さんとユーリが姉妹なのに、不仲だということは、それですぐ分かりました。でもだからって随分意地悪なことをしますよね。しかもユーリは赤の他人の僕にそんなことを頼み、見返りは何かと思ったら……」
そこで笑うのを堪えながら、エドガーは話を再開する。
「『あなたと一度、お食事をしてあげます。私は伯爵令嬢です。チェイス家具店の跡継ぎと言っても、爵位はないのでしょう。伯爵令嬢と二人きりで食事できる機会なんて、そうないはず。名誉なことだと思いませんか』って言い出したんですよ。とんだ鼻持ちならない女性だと思いました」
とんだ鼻持ちならない女性。
ユーリはそういう性格だ。
自身の役に立つ相手には、徹底的に媚びる。しかしそうではない相手はその逆で、徹底的に見下す。
ゆえに私に対しても、姉妹であっても容赦なかった。
「ユーリのことは、社交界で噂になっていたので、名前だけは知っていました。ただ見た目は可愛らしくても、性格は性悪。モテるから男なんて自分のいいなり……とでも思っていたのでしょう。これでも僕だって平民社会の中では、トップなんですよ。女に困ることはない。ゆえにユーリのなめた態度は……笑えましたし、これは少し思い知らせないとダメだと思ったんですよ」
そこでエドガーは、私の前でユーリにプロポーズすることを約束。先に自身と食事をすることを要求した。だがユーリはそこはしたたかで、先に食事をするつもりはないという。ならばとエドガーは、王室御用達で知られるレストランを予約し、支払いも自分がすると提案。さすがにこれをユーリが断る理由はない。快諾された。
「王室御用達で知られるレストランと言っても、シェフもオーナーも結局は庶民なんですよ。僕の知り合い。貴族の皆さんは予約を取るのに躍起になっていますけど、僕が頼んだら快諾です。すぐに席を用意してくれました。貴族であれば、なんでもかんでも思い通りになる――わけでもないんですよ」
そこでニヤリと笑うエドガーは。
平民としてはかなり裕福。でも貴族から見たら「それでも庶民」という扱い。
貴族の足元を見るような態度に何度もさらされ、屈辱を感じていた。
だがそれを逆手にとり、王室御用達で知られるレストランをいとも簡単に予約して見せ、驚く姿を見て愉悦を覚える。そんな少し歪んだ性格の持ち主に思えた。
「ユーリは着飾ってその日、レストランへのこのこやって来ましたよ。始終ご機嫌。それに王室御用達のレストランを予約できた。それだけで僕の信頼感は増している。だから何も疑うことなく、用意していた薬入りのコーヒーも飲んでくれた。その後はもうぐっすり」
薬入りのコーヒー。その後はぐっすり。
まさか……。
本能的にエドガーが女の敵に思え、逃げようとするが、所詮私は女。
本気を出したエドガーの力には敵わず、ソファで仰向けになり、馬乗りされた状態になってしまう。
「ユーリは社交界で、令息たちを侍らせていた。既に男の一人や二人、咥え込んだ経験があるのかと思ったら……。まさかの乙女だった。驚きましたよ」
私はユーリの我が儘により、命の危機に瀕した。あの危険な森で、盗賊に襲撃され、辱めを受けそうになったのだ。しかも二人の使用人は、実際に命を落としている。ユーリがピンクダイヤモンドを欲しがらなければ、あの二人は命を落とさずに済んだかもしれない。よってユーリがどんな目に遭おうと、知ったことではない。
そう思うが、それでも薬で眠らされた上で、純潔を奪われたのかと思うと……。
それをしたエドガーが鬼畜に思える。
ユーリのことは、可哀そうにと思ってしまう。
「でもあの女、したたかだから。僕に純潔を奪われ、泣き出すかと思ったら……。薬を要求したんですよ。自分が飲まされた薬を! 『伯爵令嬢をただで抱けるなんて思わないで。薬を寄越しなさい。そうすればあなたの罪は問わない。それにうまくいけば私は王族の一員になれる』と言い出したんですよ」