え、でも、待って!
勝手にサンルームに入ってしまったエドガーを追い、私も足を踏み入れた。
ガラス張りのこの空間にいると、夜の世界に迷い込んだような感覚になる。
頭上には満点の星空と、細い三日月が見えていた。
ランタンなどの明かりもないが、その星と月、さらに庭園の遠くで灯る明かりにより、なんとかエドガーの姿が見えている。
「チェイスさん、戻りましょう。追い出されてしまいますよ」
見るとエドガーはサンルームに置かれたラタンソファに座り、背もたれに身を預け、思いっきり寛いでいた。
そのエドガーのそばに近づき、再度声を掛けると……。
「マダムは真面目ですね。少しぐらい冒険をしたらどうですか?」
「!? 冒険……? これは冒険ではなく、ただの不法侵入ですよ」
そう声を掛けた次の瞬間。
何が起きたのか分からなかった。
ラタンソファのそばに立っていたはずなのに、エドガーの膝の上に座った状態。
「チ、チェイスさん、ふざけるのはおやめください」
「マダム、お堅すぎますよ~。本当に。そういうところで損をしているんじゃないんですか?」
「!? どういうことですか?」
こちらを覗き込むようにするエドガーを睨むと、彼はクッと笑い、アルコールが匂う。
「だからもう少し、ユーリちゃんぐらい緩くなったらいいんじゃないんですか?」
「……! チェイスさん、ユーリと知り合いなんですか……!」
「知り合い? それ以上かなぁ。マダムは僕にとって義理の姉、みたいな」
この発言には頭の中が「???」になってしまう。
私がエドガーの義理の姉?
それは……。
え、まさかユーリとエドガーは交際しているの!?
いや、それ以上で婚約したということ……?
というか……いつの間にユーリとエドガーは知り合ったの?
もしやユーリは、エドガーが私を助けてくれた少年だと知って、近づいたわけではないわよね!?
「眉間にそんなに力いれちゃダメですよ、お義姉さん!」
「チェイスさん、どういうことですか!? ユーリと婚約しているんですか!?」
真剣に問い掛けているのに。
エドガーはケラケラと笑い出す。
「違う、違う。僕とユーリの関係は、秘密です」
「?????」
「だってユーリは間もなく第二王子の婚約者になる予定なんですよ。彼の子供を身籠っているってね」
これには衝撃的過ぎて、またも言葉が出ない。
ユーリが第二王子の子供を身籠っている?????
そもそも王家の婚姻は、純潔を重んじるのに。
なぜ結婚をしていないのに、身籠っているの!?
いや、それ以前にいつの間に第二王子とそんな関係に!?
「ははははは。お義姉さんのその顔。いいですね!」
「王家は伝統を重んじるんです。代々婚姻を神聖なものと考え、結婚するまで男女の関係にはならないはずです」
「なんです、お義姉さん、男女の関係って。ユーリは第二王子に『ヤッたでしょう、私達って!』脅迫も同然の態度をとっていますけど、完全に濡れ衣を着せようとしているだけです。でも第二王子は酔っていて覚えていない。そこにつけこんで、このまま上手いこと第二王子の結婚相手に収まるつもりなんですよ。しかも妊娠の可能性が高いから、即結婚して、王室へ仲間入り」
これには「なっ……」と言った後、絶句してしまう。
だってエドガーが言うことを整理するなら、ユーリは酔っている第二王子に、自分と関係を持ったと信じ込ませた。その上で妊娠しているかもしれないと告げたのだ。第二王子は半信半疑だけど、否定は仕切れなかった。彼自身、何か思い当たるところがあるのだろう。
もし妊娠が判明すれば、ユーリと第二王子は結婚するしか道がない……。
堕胎なんて許されないし、子供がいて両親が判明しているなら、結婚するのが必定だった。
第二王子が好きだとユーリは言っていたが、まさかこんな姑息な手段をとるなんて。
え、でも、待って!
私はまさかという思いでエドガーを見る。
「本当は第二王子との間に何もなかった。それなのにユーリは妊娠している可能性がある。妊娠の可能性があるということは、ユーリは第二王子以外と関係を持ったということですよね!? まさかその相手は……」
エドガーは私をお義姉さんと言っている。
しかもユーリと自身の関係は、秘密とも言っているのだ。
それはつまり……。
「ユーリが本当に妊娠していた場合。その父親は第二王子ではなく、チェイスさん、あなたということですか……?」
「さすが、才女と言われていたお義姉さん。その通りですよ。ユーリはね、お義姉さんと同じことを僕に話して近づいて来たんですよ。『あなたのその髪色、珍しいですね』って。『私の姉は昔、あなたのような髪の色の少年に助けられました。もしかしてあなたは、姉にとって恩人の少年ですか?』って聞かれましたけど。全く知らない話ですよ」
「え……」
「だからお義姉さん。僕はお義姉さんの記憶にいる、迷子のあなたを救った少年ではないってことです。ユーリから話も聞いていたから、適当に合わせただけですよ」