核心に迫る
「そしてアイリを見つけてしまったのです」
宮殿の庭園で、ユーリと一緒にいるライルを見つけてしまった。
距離はあったし、外廊下とは言え、太く大きな柱もある。
そこの影に隠れるようにしていたので、見られていない……。
そう思ったが。
ライルは騎士団の団長。
敵に対する警戒には慣れている。
つまり素人の私がバレないよう、隠れようとするだけで、目に付いたのだろう。
目立つドレスの色。不自然な動き。
しかも変装をしていたわけではない。
私がいることは……あっさりバレていたということね。
控えていたフィオナも「仕方ないです」と肩をすくめている。
私はアイコンタクトで下がっていいとフィオナに合図を送り、ライルを見る。
「ずっと会いたく、恋しく思っているアイリがそこにいると分かり、そばに行きたい気持ちがその一瞬でどれだけ高まったか。自分が任務中であることを、心底恨めしく思いました」
その時を思い出したのか、ライルが切なく甘いため息をもらす。
アンニュイな姿に胸が大きく高鳴る。
ため息をつく姿にさえ、ときめいてしまうなんて!
「アイリに会いたい気持ち。それはぐっと堪えました。でも執務室の近くにいるということは。自分に会いに来てくれたとしか思えません。ところがアイリは顔色を変え、執務室とは反対の方向へ歩き出してしまいました。しかも庭園から自身の姿が見えないよう、フィオナの影に、隠れるようにしていたのです。不安になりました。どうしたのだろうと」
ライルの観察眼には、舌を巻くしかない。まさにその通りの行動をしていた。
ただ、私はユーリと一緒にいるライルを見てしまい、立ち去ることになった。
そこを話すべきか悩んだが、ひとまずライルの話を聞く――これを優先することにした。
「自分がアイリを追うことは無理です。でもベルナードは、任務のサポートについてもらっているだけでした。つまり直接的に自分と同じ任務についているわけではない。そこでベルナードにアイリのことを追わせたのです」
「それはつまり……尾行したのですか?」
「申し訳ありません。アイリのことが心配で……行き過ぎたことをしました。……アイリは妹君に会っても、話すことがない。よって引き返すことにしたと言っていましたよね。でもあの様子は違うと思いました」
私をベルナードに尾行させたライルのこと。
責めることができるだろうか?
できるわけがない!
だって。
私だってライルのことを従者に尾行させ、高級娼館に足を運んだことを突き止めたのだ。
「心配だから尾行させただけで、悪意はない。よって責めるつもりはありません。そしてライルの言う通りで、引き返したのは別の理由です。ライルが私に気が付いたように。私もライルとユーリに気付いたのです。長年共に育ちました。たとえ変装していても、ライルと一緒にいるのはユーリだと、妹だと分かりました。」
「……! そうでしたか。でも……そうですね。妹君はかつらを被るのを嫌がり、ドレスについても地味なものを着たがらないので……。ただ、よかったです。実の姉であるアイリが気付いたのは、仕方ないでしょう。他の貴族にバレたと思ったのですが……。それはないと分かったので、安堵できました」
そこで言葉を切ると、ライルは改まった表情で伝える。
「詳細は話せませんが、妹君のそばに自分がいたのは、任務のためです。……自分と妹君がいるのを見て、立ち去ったのは……勘違いしたからですか? 自分と妹君が、宮殿の庭園で逢引きでもしていると」
その通りなので視線を伏せると、ライルが私の顎を持ち上げた。
ドキッとする私の頬にキスをすると「完全な勘違いですが、それで嫉妬されたなら少し嬉しいです」とライルが再び抱きしめる。ミントの香りに身を任せると、ライルが話を続けた。
「それはさておき。尾行した件は、本当に申し訳ありませんでした。……ベルナードはアイリの乗った馬車の後を追い、一軒の洋食屋に入るのを見たのです」
ここでもドキリとすることになる。その洋食屋で私は……エドガーに再会したのだ。
今、分かりやすく私は表情が変わってしまったと思う。
ライルの手が強張った私の頬に触れた。
「たまたま昼食を摂る際、席が一緒になった……そうアイリは言っていました。でもベルナードは、そうなるよう仕向けたように見えた、と言っていました」
その通りだ。初恋の少年に再会できた。
御礼を言いたい気持ち。
話したいと思ったのは事実。
でもそれはライルに話さないといけないの……?
幼い頃の恋なんて、今は関係ないのに。
「どんな会話をしていたのか、それは分かりません。ベルナードも変装していたわけではないので、そこまで近づけませんから。ただ……」
そこでライルはとても寂しそうな表情を浮かべる。
これには胸が痛む。
「もしかしてチェイス氏に、アイリは興味を持っているのではないか。好意を抱いているのではないかと思いました」
「違います! 興味は……家具屋という、私とは違う世界で生きている方なので、話を聞くのは面白いと思いました。でも私はライルと結婚しているのです。ライル以外の男性と、どうこうしたいなんて思っていません」
「アイリ……。でも自分は……アイリがチェイス氏に好意を持っても、仕方ないと思ってしまう気持ちもあるんです」
これには驚き、一瞬言葉を失う。
もしかしてライルは、私が悪習と思っている愛人を持つことを、肯定するタイプなの……?
でも貴族の男性の多くが、愛人肯定派だと言われていた。
本能的に男性が、若い女性に惹かれてしまうこと。貴族ゆえに財力にも余裕があり、つい愛人として囲いたくなる気持ち。それは想像できる。でもそれを実際に自分の夫にされたら……嫌だ。特にライルにはそんなことして欲しくない。
「自分は由緒正しきミルフォード伯爵家と違い、平民出身です。本来、アイリと結婚できる立場ではありません。よってアイリが自分以外の男性に目を向けることがあっても仕方ない。高嶺の花を無理矢理奪ったのだから……という思いもあり……」
これには思わずライルにぎゅっと抱きついてしまう。
「ライルが平民出身であること、私は気にしていません。以前話した通り、ミルフォード伯爵家では、妹のユーリを中心に生活が回っています。私は邪魔者扱いでした。日々、閉塞感を覚えながら、生きていたんです。そこから救い出してくれたのがライル。私にとってライルは、救世主みたいな存在です。それに……私が平民への偏見が強いような女だったら、チェイスさんにも興味を持ちませんよね? 彼だって平民なのですから」
「そう言われると……その通りですね」
「むしろ私の方こそ、ずっと心配でした。本当に私で良かったのか。ユーリと私を間違えて求婚してしまったのではないか。だから初夜で私を……抱かなかったのかと」