……帰りたくないです
ライルにぎゅうぎゅう抱きしめられながら、どうしたら二度目も抱いてもらえるのかを考えた。考えたが……分からない。これはフィオナに相談するしかないと思った。そして大型犬のように私に抱きつくライルをなでなでしていると。
「きゅう~」というなんとも愛らしい音がした。
ライルのお腹が鳴っていた!
お昼はホリデーマーケットの屋台で食べたが、女性には丁度良くても、男性からすると満腹!には程遠かったと思う。そもそも屋台で提供されている料理は、さっと食べられるような手軽なボリュームだから……。
そしてライルはティータイムもなしで、至る現在だったのだ。
「ライル、少し早いですが、夕食にします? 私はケーキを頂いたら、食欲に火がついた気がします。つまり私もお腹が空いているので」
「! アイリ、君は本当に優しいです。……大好きです。心から。他の誰にも渡すつもりはありません」
「安心してください。もうライルと結婚しているのです。私の身も心も全て、ライルのものですから」
ライルはゆっくり体を離すと、うるうるの碧眼で私を見て尋ねる。
「……貴族の中には、情夫を持つ方もいると聞きます」
「確かにそうですね。ですが私はそんなに器用な人間ではありません。それにライルのことが大好きなので、情夫は不要です」
「……本当ですか。その……」そこでライルはぐっと奥歯を噛み締めるようにして、目を閉じた。そして深呼吸をすると「アイリを信じます」と言い、額にキスをする。
私が浮気をしたり、情夫を持つことを心配するなんて。
本当に。
高級娼館に通っていたのは、ライルの方なのに!
今、高級娼館になぜ行ったのかと問い掛けたら、答えてくれるかしら?
初夜の件を申し訳ないと思っている。
その申し訳ない気持ちの延長で、高級娼館のことも話してくれる可能性は……。
理性が吹き飛びそうな状況ではない。
初夜の件で動揺はしているが、冷静だと思う。
今のライルに尋ねたら……。
高級娼館に行ったことを知っている=尾行を付けたと思われる可能性が大。
止めておこう。
それよりも。
「夕食に行けるよう、ドレスを着替えますね」
「ありがとう、アイリ。そうしよう」
◇
ネイビーのマーメイドラインのドレスは、身頃に銀糸による繊細な刺繍、スカート部分は裾に行くほど沢山のグリッターが散りばめられている。髪は思いっきりアップにして、薔薇石英の宝飾を合わせる。
今日も本当は薔薇石英の商談がいくつかあったが、ライルと丸一日、デートできることになったのだ。商談はライルの商会のメンバーにお願いしていた。そもそも商談も、実際の取引の詳細の話になっており、同席する私は頷いていることの方が多くなっている。あくまで紹介までは私ができても、価格交渉やどれぐらいの量を取引できるかとなると、商会の人間ではないと分からない。
よって商談はお任せとなっても。
広告塔の役目は続いている。ライルと外食をするなら、やはり宝飾品は薔薇石英一択だ。
ということで寝室で私が着替えを終えると、パールシルバーのテールコートへ着替えたライルがリビングで待っていた。隊服姿も素敵なのだけど、正装したライルも素敵だった。
「ライルも薔薇石英のカフスとタイ飾りをつけているのですね」
「アイリが頑張ってくれているので、自分もできることをと思い……。でも男より女性が美しく身に着けた方が、断然人気になると思います」
「そんなことないですよ、ライル。奥様や婚約者とお揃いのコーディネイトをしたい方も多いですから。薔薇石英のカフスやタイ飾りも、人気が出ると思います」
ライルは私の言葉に「そうですか」とふわっと優しい笑顔になる。
ここに来てようやく。
エドガーと初夜の一件も落ち着いた気がする。
せっかくのデートだったのに。
随分と翻弄されてしまった。
ともかく私の知っている、美味しい洋食屋に向かうことにした。
その馬車では……これまでの時間を取り戻そうとするかのように、ライルが私に甘えてきたのだ。
つまり私の隣に座ったライルは、ホテルの部屋の時と同じように、私をぎゅっと抱きしめる。
いつぞやかの大型犬モード!
サラサラのプラチナブロンドのライルの髪を撫でていると、やはりバームという犬のことを思い出す。
洋食屋に到着すると、対面に配置されていた椅子を移動させ、私の斜め右の位置に着席したライルは……。
料理が出てくるまでの間、私の手をぎゅっと握っていた。
そうかと思えば手を持ち上げ、甲へ「ちゅっ」とキスをする。
でも料理が来るとそれは中断され、ライルは複雑な表情になってしまう。
料理の到着は嬉しいけれど、私の手を離したくない。
相反する感情に揺れるライルは……。
やはり可愛くてならない!
だがデザートが終わり、食後のコーヒーとクッキーが到着すると、ライルは再びしょんぼりしている。
「ライル、デザート、気に入らなかったかしら?」
「! そんなことありません。アイリが選んだお店だけあり、とても美味しかったです」
「でもせっかく美味しく食事ができたのに。元気ないですよ」
するとライルは乙女のように視線を伏せ、頬を赤くする。
「食事が終わったら、アイリをホテルへ送り届け、騎士団宿舎へ帰らなければならいので……。……帰りたくないです」
まさに恋する乙女のようなことを言うのだ!