脱・私の白い結婚……?
「若奥様。若旦那様は大変真面目な方です。白い結婚を敢行したとはいえ、初夜を行わなかったことがどれだけ罪深いことだったのか。観劇を通じ、実感したのでしょう。猛省しているでしょうし、考えを改めているかもしれません」
「それは……白い結婚を返上するかもしれない、ということ?」
「そうですね。男性にしか反応しない体を、なんとか克服しようと、努力される可能性が高いかと。近日中に初夜のやり直しの提案があるかもしれませんよ」
ホテルへ戻り、ライルは予告通りベルナードを連れ、専用ラウンジへ向かった。私は自室へ戻り、ルームサービスでケーキと紅茶を注文。甘いものと紅茶で一息ついた後、フィオナと例の演劇と初夜の件を話しながら、刺繍をしていた。
「でもフィオナ、ライル様が男性にしか反応しない……というのは推測よ。正解かどうかはまだ分からないわ」
「それは……そうですよね。ただ他に理由があったとしても、あれだけショックを受けていたのですから、何かあると思いますよ」
私はライルが好きだった。大好きな相手と結ばれたいと思うのは……本能ではないかしら? よって白い結婚が返上されるなら、それはそれで嬉しい。
「あ、完成したわ」
「おめでとうございます!」
最後の「e」を刺繍すれば完成だったが、その時間をなんだかんだでとることができず、ここまでかかってしまったが。遂に完成だった。
これを今日渡すのが最適なタイミングか分からない。
ただこの刺繍は焦れ焦れ作戦とは関係ないもの。
刺繍糸をプレゼントされ、御礼の気持ちで始めたことだ。
お返しとして、刺繍をしたものを贈りたいと思ったに過ぎない。
よって完成しているのに、出し惜しみする必要はなかった。
今日、渡してしまおう。
「ベルナードと話して、ライル様は落ち着くかしら。帰りの馬車の中でもずっと無言だったのよ。ひたすら黙り込んで、考え込んで……」
「ベルナード様が、若旦那様にどんなアドバイスをしているのかは分かりません。ですがお二人は騎士見習いの頃からの、腐れ縁だそうです。若旦那様が優秀過ぎて、異例のスピードで出世し、団長になってしまいました。でもベルナード様とは一歳違い。同年代としても、きっと何らかのアドバイスをしてくれると思います」
せっかく会いたくて、会いたかったライルに会えたのに。
ホリデーマーケットではエドガーとの遭遇でぎくしゃくし、観劇では初夜に翻弄され。
ライルと私って、星の巡り会わせが悪いのかしら?
フィオナがお代わりの紅茶をティーカップに注いでくれているところへ、ライルがやって来た。明らかにしょんぼりしているライルを、ベルナードが引きずっているような状態だ。
「フィオナ様、よければわたしとお茶でもしませんか。専用ラウンジで」
ベルナードに問われたフィオナは「!?」と一瞬眉をひそめたが、瞬時に何かを察知した。
「若奥様、少し休憩をいただいてもいいですか?」
「え、ええ。それは勿論」
「ディナーのためのドレスの着替えまでには戻ります」
「そうね。そうして頂戴」
部屋にはライルと私だけになったが、しょんぼりライルはソファにも座らず佇んでいる。
「ライル、座りませんか」
「……はい」
少しおどおどとソファに腰を下ろすライルは、騎士団長とは思えない。
ましてや“野獣”の面影はゼロ。
「ライル、以前いただいた刺繍糸がありますよね。私の瞳みたいな淡い紫色の刺繍糸。とても素敵だったので、刺繍してみたんです」
ふわりとマントを広げ、刺繍を見せる。
「! これは……!」
「ウィンターボトム侯爵家の紋章とライルの名前を刺繍しました。私は派手に社交活動をしていたわけではないので、ミルフォード伯爵家の屋敷で過ごす時間も長かった。そんな時、よく刺繍をしていたんです。よって刺繍は割と得意で。どうですか?」
「アイリ……これはマントですよね? 自分に贈ってくださるのですか……?」
こくりと頷いた瞬間。
ぎゅっと抱きしめられていた。
爽やかなミントの香りに包まれる。
「ありがとうございます、アイリ。このマント、大切にします。……そして自分は結婚式の夜に……とんでもない過ちを……申し訳ないことをしました。ごめんなさい。本当に……。心から反省しています。きちんと場を整えるのでチャンスを……ください」
これにはもう心臓がドキッと大きく飛び跳ねる。
きちんと場を整えるのでチャンスをください……つまり初夜のやり直し!?
脱・白い結婚でいいということ!?
落ち着いて。
早急な判断はダメよ。
初夜のやり直しがあっても、その一度だけ……という可能性もある。
初夜の重要性は理解できた。
ゆえにそこだけはちゃんと務めを果たそうと思っているだけかもしれない。
そこを……確認したいと思うものの。
やはり聞きづらい!
焦らないで。
その一度だけにならないで済む方法、それを……考えるといいのではないかしら……?