胸が熱くなる。
――「どうせ元の護衛の兵士の数でも、ダメな時はダメでしょう。そこは運だと思い、いざとなったら諦めるしかないわよね」
フィオナの教えてくれたユーリの言葉。
とても実の妹の言葉とは思えなかった。
相続を巡り、骨肉の争いが起きると聞いたことがある。
「なんて恐ろしいことだろう」と思ったが、どこか他人事だった。
でも実感する。
ユーリの性格、その価値観、考え方。
きっとユーリと私は、骨肉の争いをするような間柄なのだろう。
思いやりの心なんて持てないユーリとは、一生相容れることはない。
「お嬢様、でも安心してください。この辺りは日中に通過する予定です。ならず者がうろつくのは、ダントツで夜間と聞いています。日没後。商人や旅人は、急ぎの場合、夜も移動をします。護衛もつけているから、強行突破とばかりに。でも慣れない場所であり、どこか甘く見ているところがあるようで……。それで事件は起きていますが、我々はまだ明るいうちにこの森を出るので、大丈夫ですよ」
フィオナがまさにそう言った時。
馬車が大きく揺れた。
咄嗟のことだったが、王都でも馬車の車輪が石に乗り上げたりすると、こんな風に不意に大きな揺れが起きる。ゆえに急いで車内にある手すりを掴んだが……。
リバウンドするように、ぼんぼんと揺れたと思ったら……。
体が右側に傾く。
「「!?」」
フィオナと目を合わせ、言葉に出せないが、同じことを思っていると思う。
何が起きているか、咄嗟に分からない。
だがドーンと扉に叩きつけられるようになり……。
どうやら馬車が横転したらしいと、気づくことになった。
◇
「お嬢様、どうぞ、こちらへ」
「ありがとう」
パチパチと燃える焚火は、近くに行くとその温かさを全身に感じる。
そしてその炎のゆらめきを見ていると、少し気持ちが落ち着く。
乗っていた馬車は横転した。
理由は車輪の脱輪だ。
御者に話を聞いたところ、今回の馬車は近々廃棄を予定していた。
経年劣化であちこちにガタが来ており、近場の移動はまだしも、長旅ではもたない。それはヘッドバトラーに報告していたという。
だが……。
同行している兵士三人は、私をライルの元へ送り届けたら、王都へ戻ることになっていた。彼らはそれぞれ馬に乗っており、それで王都まで戻ることが出来る。
しかし他のフィオナ達使用人は、そのまま私と一緒にローズロックに残るのだ。
そうなると乗って来た馬車は不要になる。
ところが馬車をメンテナンスし、王都まで戻るにも、お金はかかる。
そこで乗り捨てできるからと、その廃棄用の馬車を使うことにしたのだ。私の婚礼のための移動用に。御者は馬車を引く馬に乗り、王都へ戻る予定だった。
見た目は新品に見えるように。
塗装をしっかり行っていた。
でも実態はもう、ボロボロ。
そして馬車道というには、荒々しいこのエリアを通過中に、遂に脱輪。馬車は横転したわけだ。
馬車の屋根に、ある程度の荷物を積んでいた。
それらは散乱し、馬車は修理が必要。
幸い馬に怪我はなかった。
それに御者も、柔らかい落ち葉の積もった場所に落下することで、怪我をぜずに済んでいる。
それでも馬車の修理、散乱した荷物の回収で、足止めをくい……。
予定していた時間に、このならず者が潜むエリアを抜けることができなかった。
つまり。
危険極まりないこの場所で、旅宿もないため、野宿することになった。
一応、レストランなどない場所を通る想定で、食料や水も用意していた。
さらに馬車の中は冷えるので、毛皮を座席に敷いている。
ゆえに野宿と言えど、馬車の中で横になれば、なんとかしのげるが……。
兵士たちは交代で見張りにつき、持参している寝袋で休むというが、もう初冬なのだ。冷えるだろうと、手土産用に用意していたブランデーを飲むことを勧めると……。
「酔っぱらうと、いざという時に戦えませんから」
数少ない三人の兵士だが、真面目だった。
こんな物騒な場所に三人の戦力で向かわされ、野宿することになったのに、文句も言わない。両親やユーリの仕打ちを思うにつけ、この三人の兵士の献身に、胸が熱くなる。
「お嬢様、ここにシェフはいませんので、味はいまいちかもしれません。ですが体は温まります。どうぞ、召し上がってください」
即席で作られたシチューとパン。デザートにドライフルーツ。
とても貴族令嬢の食事とは思えないが、文句などない。
それにシチューは……。
気温がどんどん低下する初冬の森の中で、胃袋を温めてくれる。
味など気にせず、パンと一緒にペロリと平らげることになった。
「お嬢様、上を見上げてください」
フィオナに言われ、顔を上げる。
森の上空には、美しい星空が広がっていた。
王都では、ここまでの星空は見えない。
「すごいわ。とても美しい」
「こんな場所での野宿ですが、この星空を見られたのはラッキーですよね」
「ラッキー……そうね。それにね、私、ツイていると思うの。だって不慮の事故にあったけど、怪我人はいなかった。それに野宿になったけど、誰も文句を言わない。なんとかこの場所で無事に過ごせるように頑張ってくれて……。私はここにいるみんなが、旅の仲間で本当にラッキーだったわ!」
私のこの言葉を聞いてた使用人と兵士が皆、「お嬢様……!」と言い、口々に「私もこのメンバーで良かったです」「僕も」「私も」と言ってくれる。
みんなの心が一つになっていたまさにその時。
ビュンという風を切る音が聞こえた。
ドサッという音がして、今、「僕も」と言っていた従者がうつ伏せで倒れている。その背には矢が刺さり、着ているオーカー色の上衣に、赤いものがじわっと広がっていく。
「え……」
「敵襲です!」
兵士の叫び声が聞こえた。
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