近いのに遠い二人
一緒にいるのに。
ライルを遠く感じる。
あんなに会いたい、話をしたい、同じ時を過ごしたいと思っていたのに。
エドガーの一件の後、ライルと私の間には、見えない溝ができてしまったように思う。
ライルはいつも通りに接してくれている。
私をキュンとさせる表情や言葉を口にしているが、どこか無理をしているというか……。
彼自身も溝の存在を感じているが、懸命に埋めようとしている。
でもそれは根本解決になっていない。
何か言いたいことがあるのに、それを我慢しているような……。
でもその状況は。
初夜以降、ずっと私の中で続いていることでもあった。
白い結婚であること。高級娼館の件。
この二つについて聞きたいと思い、それを言えずにいた。
本意を聞き出すために、焦れ焦れ作戦も決行したのだ。
そして作戦は成功した。
よって聞きたいことを聞けない状態でも、今みたいな心境にはならなかった。
なぜなら焦れ焦れ作戦は成功し、幕引きへ向かっていた。
つまりライルは十分に焦がれ、私の問いにスムーズに答えてくれる状態に仕上がっていたからだ。もうすぐ本音を聞けるのだから、気に病む必要はないと思っていた。
ところが王都へ戻ると、ライルは急に任務が忙しくなってしまう。
二人きりでゆっくり会う時間をとれなかった。
その結果、何も聞くことが出来ていない。
だが今日、時間ができた。
二人でゆっくり話す時間はとれるはず。
タイミングを見計らい、絶対に聞いてみようと思っていたのだけど……。
とても本心を明かしてくれる状況に思えない。
「アイリ、屋台の料理は口に合いませんでしたか?」
「! そんなことはないです。ホリデーマーケットと言えど、王都の名店が屋台を出しているので、ちゃんとした料理です。美味しいですよ」
「そうですか。それは良かったです」
昼食は、せっかくだからとホリデーマーケットの屋台でキッシュや焼き立てチキンを購入し、食べることにした。
周囲の席の人々は、楽しそうに会話をしている。
本来だったらライルと私も同じように、心から笑い合い、食事をしているはずだった。
それなのに……。
エドガーの件を、予め話していなかったのは、本当に失態だったと思う。
ただライルも私もお互いに謝罪し、許し合っている。
わだかまりは残っていないはずなのに、溝ができてしまった。
何が、何がダメだったのかしら……?
私が……エドガーが初恋の相手であることを隠している。
それを察してしまったの?
でもそんなの無理だ。
人の心を読めるわけではないのだから。
フィオナがライルに話した……絶対にない。
御者もそう。
あの危険な森を共に生き残ったことで、確かに絆ができている。
私を裏切るようなことは、二人ともしないはず。
「アイリ、空を見てください」
ライルの言葉に再び我に返り、頭上を見上げる。
今朝、起きた時は晴天だったのに。
今は鈍色の空になっている。
分厚い雲広がり、これは……。
「お昼の一番気温が上がる時間でも、冷え込んでいます。雪が……降るかもしれません。このまま王都を散策するより、建物の中にいた方がよさそうです。とはいえ、ホテルに戻るのは味気ないので、演劇でも観に行きませんか。オペラでもいいですが、こちらはちゃんとした座席で観賞した方がいいでしょう。演劇なら当日券でも、意外といい席がまだ残っていると思うので」
ライルもまた、何か違和感を覚えているだろうに。
私のように考え込むことなく、今、どう過ごすかに向き合ってくれていた。
しみじみと思う。
やはりライルはいい人だと。
できれば心からライルと笑い合いたい……。
「そうですね。しばらく演劇も観ていないので、いいと思います」
席を立った私は、自分からライルの手をとる。
その手はとても温かい。
「手袋を持ってくれば良かったです」
「そうですね。あそこのお店で売っているので」
「ライルと手をつなげば温かいので、大丈夫です」
「……!」
見えない溝のせいで、今日という日を無駄にしたくなかった。
せっかく会えたのだから。
ぎゅっと私の手を握りしめるライルの手。
時に剣を握り、槍を掴み、弓を構えているので、そこは貴公子のような手とはいかない。それでも爪の形は整い、綺麗なピンク色をしている。指は細くて長い。そして私より大きく、手をつなぐと……。
私の手は、すっぽりライルの手に包み込まれる。
温かい。
「アイリ、演劇を観ようと言いましたが、自分はその……全く演劇のことも劇場も」
「任せてください。劇場が集まっている通りがあるので、そこへ行きましょう。通りへ行けば、当日券を販売する人が、劇場近くにいます。問題ないですよ」
ホッとした表情のライルは……やはり可愛らしい。
時計塔の広場から、劇場が立ち並ぶ通りに向け歩き出した時。
溝はなくなったわけではない。
それでもライルと私の間に、甘く、いい雰囲気が再び見えて来ていた。
それなのに!
この後の選択を……大いに間違えてしまうなんて……!