昨日、今日でできることではない
ライルが朝食に合わせ、ホテルへ来てくれる。
それが分かっていたので、今朝は早起きをした。
銀糸で雪の結晶が刺繍されたシアーブルーのドレスに着替え、白のファーでできたボレロを羽織り、ライルの到着を待った。
7時に到着すると聞いていたが、早起きし過ぎて現在6時半。
新聞でも読もうと、フィオナにフロントに取りに行ってもらうと。
「若奥様、ロビーに若旦那様がいました」
「え?」
「どうやらかなり早く到着してしまったようで、ロビーのソファに座り、新聞を読んでいましたが……あれは完全に文字がすべっていると思います。つまり新聞を読むどころではない状態。お呼びしますか? それともロビーに降りられますか?」
これにはビックリ!
早く着いたのなら、部屋を訪ねてくれればいいし、そこを遠慮するなら、このフロアには専用ラウンジもあるのだ。専用ラウンジは朝6時から開いていると聞いていた。
ロビーで7時になるのを待つなんて……!
まるで忠犬だわ。
「フィオナ、レストランはもう開いている?」
「はい。レストランは六時半からなので、先程オープンしたところかと」
「ではロビーに私が下りるわ。そのまま朝食を摂ろうと思うの」
こうして一階へ降りると、ロビーにライルと……彼に付き合うことになったベルナードが、ちょこんとソファに座っている。これは忠犬二匹が、主が来るのを大人しく待っているように見えてしまう。つい、頬が緩む。
二人とも立派な騎士なのに!
なんて可愛らしいのかしら。
実際のところ、ライルは騎士団長専用の純白の隊服に、パールシルバーのマントと、実に凛々しくカッコいい。ベルナードもいつもの隊服で、ビシッと決めている。それでも早朝のロビーで、二人で所在なさげに座っているのは……。
「ライル、ベルナード、おはようございます!」
私の声を聞いた瞬間のライルは。
分かりやすく顔色がぱあぁぁぁっと輝く。
本当に私の旦那様は、なんて可愛いらしいのかしら!
◇
ライルとの食事。
それは本当に久しぶりだった。
彼の領地についてからは、当たり前のように毎朝食事を共にしていたのだ。
それが王都についてからは、ずっと別々。
こうやって共に朝食を摂れることに、こんなにも幸せを感じられるなんて。
「早くタウンハウスに住むことが出来るといいですよね。お義母様とライルと三人での朝食が恋しいです」
この言葉を聞いたライルは、瞳をうるうるさせる。
「自分も……早くそうしたいと思っています。騎士団宿舎の食堂の食事。決してまずいわけでありません。それでもアイリの顔を見て食べる食事と、そうではない食事では……味気なく感じてしまうのです」
さらにこんなことまで言う。
「アイリに会うまでの自分は、食事を心から楽しんでいたのかと、今さら心配になるぐらいです」
この瞬間、女冥利に尽きると心から思っていた。
普通にしていると、口元が締まらなくなってしまうので、ライルに尋ねる。
「今日は一日時間があるのですよね。ライルと初めて丸一日を過ごす王都です。何かしたいことや、どこか行きたいところはありますか?」
するとライルは、次々と私と行きたい場所の名を挙げていく。
朝食を食べ終わったが、ライルの話はまだ続いている。
私はそこで理解した。
ライルは王都にある施設や庭園や公園。全部、私と行きたいと思っているのだと。
ただ、行きたいわけではない。
行ったその場所で、どんな思い出を作りたいのかまで語っている。
それを聞くと、なんだか不思議な気持ちになってしまう。
ライルは私とのデートを、沢山シミュレーションしてくれたのではないかと。
それは昨日、今日でできることとは思えない。
婚約が決まり、結婚式を挙げるまでの毎日。
あそこに行こう、ここへ行こうと、考えてくれたのではないかしら?
対して私はどうだろう。
結婚式の準備や親族への報告など、目の前のことに対処するので精一杯だった。
ライルとのデートを考えることなどない。
そう考えると……。
ライルの方がよっぽど乙女だ。
そして……私が思うより、私への愛が、深いのだと思う。
その事実に胸がジーンと熱くなる。
「ライル、ありがとうございます。今言ってくれた全部。私もライルと行きたいと思いました」
「本当ですか……?」
「はい。だって行った先々で、どんな思い出をライルが作りたいのか、明白だったので。聞いていると俄然、行きたくなります」
本当は全部行きたい。
でもそれはきっと何年もかかる。
いや、何十年かかるかもしれない。
王都に暮らし続ければ、おじいさん、おばあさんになる頃までには、全部行けるかしら?
でもその間にも、新しいスポットができそうだ。
「どれも行ってみたいのですが、今はホリデーシーズンです。街中の広場は、ホリデーマーケット一色。冷えるので、そう長時間はうろうろできないかもしれません。ですが午前中は、ホリデーマーケットを散策しませんか」
「ええ、そうしましょう」
ライルが瞳をキラキラさせて笑顔になった。