真心を君に
「アイリ、宮殿で妹君を見たと言っていた貴族の名前、覚えていますか?」
再び問われたことで確信する。
ユーリの件は、きっとライルの任務に関わるのではないかと。
逢引きではない。
「それは……どなただったのか。ここ数日だけでも舞踏会、晩餐会と、大勢の貴族の方に会いました。薔薇石英に関する話は、しっかり頭に叩き込んでいたのですが、雑談については……。正直、聞き流していた部分もあり、覚えていません。ごめんなさい」
「! 謝る必要はありません! アイリは何も悪くないのですから。それだけ大勢と会っているのです。それに些細な話まで全て覚えていることは無理でしょう。気になさらないでください」
「ですがライルは随分と私の妹のことを、ユーリのことを気にしているようですが」
上目遣いでライルを見ると、分かりやすく焦っている。
今の上目遣いに、私は嫉妬心を込めていた。
家族仲がよくなかったと伝えている。
ユーリとは会うことも考えたが、それを止めているのだ。
そんなわだかまりがある妹ユーリのことを、夫が気にしている。
なぜ?
ライルに私の意図は完全に伝わったようで、慌てた様子で弁明を始める。
「アイリの妹君に興味など、一切ありません。あんなに我が儘で、自己中心的で我欲の強い令嬢……という噂を聞いたことがあります。自分とは無関係です! アイリが疑うようなものは、何も、何もないです!」
ああ、ライルはなんて可愛いのかしら!
今の言葉で、私の中の疑う気持ちは綺麗に晴れた。
ユーリをエスコートしていたこと。
それは何か任務に関わることなのかもしれない。
でも任務に関わるからこそ、何も言えないのだろう。
そして噂で聞いた……わけではないと思った。
実際にユーリと接し、我が儘で自己中心的で我欲の強い令嬢と感じたのだろう。
ただ、ライルはどう見てもユーリの好みのタイプだと思うのだ。
端正な顔立ちをしているし、そのサラサラとした髪や碧い瞳も。
さらに誠実で気遣いもできて優しい。
まさに理想の男性ではないか。
ユーリは自分が気に入った令息には、徹底的に媚びる。
しかもライルは私と結婚している。
誘惑し、自分に靡かせ、絶望する私を見てほくそ笑みそうなのに。
「アイリ、信じてください。自分の心は君に捧げています。他の誰でもないアイリを愛しているのです」
遂にライルは騎士らしく、跪いて私の手をとった。
そしてあのうるうる満点の瞳で私を見上げた。
その姿を見ると……。
疑ってしまい、ごめんなさいと思う。
ライルは……やはり一途に私を想ってくれていた。
自然と頬が緩み、とろけそうな気分になっている。
「ライル、ありがとうございます。その言葉、信じますから」
「アイリ……」
立ち上がったライルはすっと手を伸ばし、私を抱きしめようとして……止めてしまった。
これには「え」と声が出てしまう。
だって今、邪魔は入っていない。
キスをしようとする絶妙なタイミングで、フィオナやベルナードが現れることもあったが、今はそうではないのに。
なぜ、今、我慢をしたの?
そう思ったけれど。
まさにその直後!
扉がノックされたのだ。
もしやこれをライルは察知したの!?
私は盛大にドキリとすることになった。
◇
「若奥様、申し訳ありませんでした!」
いつものグレーのワンピース姿のフィオナが、体を折り曲げるようにして謝罪した。
「いいの。気にしないで。いつもの起きる時間になっていたし、ライルは帰ったと思っていたのだから。仕方ないわ」
濃紺のドレスを着た私はソファに座り、郵便物を確認しながら、フィオナの謝罪を快く受け入れる。
「いい感じのところを、邪魔することになっていませんでしたか!?」
それはまさに邪魔をされてしまった……のだけど、そこはもう気にしても仕方ない。
それにライルは「なんだかんだで王都に戻ってから、休みなしで任務に就いたので、一日くらい休ませて欲しいと抗議しました。その結果、明日は一日休みをもらえたので。よって明日は朝からホテルへ向かいます。朝食を一緒に摂りましょう」と言ってくれたのだ。
白い結婚と高級娼館の件は、解決していない。
でも最大の懸案事項、ユーリとライルは何もないことが判明した。
どんな任務でライルがユーリのそばにいるかは分からない。
ただ、あれだけ嫌悪していることが分かったのだ。
ライルがユーリに靡くことはない!
この日の私はこれまで以上に薔薇石英の商談に力を入れ、そして夜はベルナードと共に晩餐会に参加した。その晩餐会でも大いに薔薇石英について盛り上がり、そしてホテルへ戻ると……。
部屋にライルからノートが届けられている。
そこに書かれていたのは……。
『My dearest アイリ
今朝は本当にごめんなさい。
起こすつもりはなかったのですが……。
そして繰り返しになりますが。
君の妹君とは一切何もありませんから
それは信じてください。
アイリ。自分の真心は、全て君に捧げます
Forever yours ライル』
これを読んだ私は……嬉しさと感動を返事として書き綴り、幸せな気持ちで眠りにつくことができた。
対するライルが同じ頃、思い悩んでいるなんて……まったく予想していなかった。