いつ来るかは分からない。でも……
それは何だか聖なる夜に、ギフトを贈ってくれる聖人を待つのと一緒だった。
いつ来るかは分からない。
でも来てくれるはず。
だから寝ないで起きていよう。
そう決めても眠気は訪れる。
気付けばぐっすり眠ってしまい、ハッとして枕元を見ると、プレゼントの箱が置かれている……。
この日の夜の私は、まさにそんな状態だった。
ミントの香りがした。
そう思い、うっすらと目を開けるが、瞼が重く、眠気が勝る。
起きないと……そう思っているが、そのまま眠り続け、翌朝しっかり目覚めて……。
ベッドサイドのテーブルを見ると、ライルからの手紙と刺繍糸の束が置かれていた。
これは一体どうしたのかしら?
通常サイズの封筒を開けると……。
『My dearest アイリ
昨日は君に全く会えず、やはり我慢できませんでした。
君の寝顔を見てようやく気持ちが落ち着いた次第です。
焼き菓子の御礼で、宮殿の服飾部でもらった刺繍糸を
贈ります。東方から伝来したというとても美しい糸。
君の瞳のような色をしています。
そして薔薇石英の件、ありがとうございます。
ぜひ商会と連絡をとりながら、君の思うように進めて
みてください。相談はいつでもしてください。
Forever yours ライル』
カーテンを開け、その刺繍糸を見てみると、確かに淡いラベンダー色をしている。とても美しく、これで……。
ライルに刺繍したアイテムをプレゼントしよう!
そして薔薇石英の件。
私の采配で決めていいのね……!
ミルフォード伯爵家で暮らしていた時、家業や商会について意見しようものなら「女のくせに生意気なことを言うな!」と父親にビシッと怒られたことがあった。以来、経営に関することは口出ししないようにしていたけれど……。
ライルみたいに言ってくれる人もいるのね。
嬉しい……!
こうなると元気よく起き出し、明るい水色のドレスに着替えると、午前中から薔薇石英の件で動くことになる。今日は王都の宝飾店の店主と、ホテルのロビーで商談となり、薔薇石英を鉱石として取引したいという話を持ち掛けられた。これはかなりしっかりした商談となる。そこで領地にいる商会の人間を呼び、再度打ち合わせをすることで、話をまとめることになった。
その後も手紙を書いたり、人と会ったり、合間に食事をして……。
気付けばティータイムに近い時間となり、そこに現れたのはベルナード!
「若奥様、お久しぶりです」
「ベルナード! 確かにお久しぶりだわ。元気にしていた?」
「……そうですね。一応、はい」
コバルトブルーの隊服をビシッと着ているものの、いつものような快活さがない。しかもなんだか歯切れも悪かった。
「何か大変な任務に就くことになったのですか?」
「ええ、実はそうなんです。でも任務について口外はできないので、いくら若奥様でも話せないんですよ」
それはそうだろう。詳細を聞くつもりはない。
それでも……。
「ライル様は元気ですか?」
「ええ、身体的には元気ですが、精神的にはかなり参っていますよ」
「!? そ、それはどういうことですか!?」
驚く私にベルナードは教えてくれる。
「若奥様に会えないからですよ。……会えないわけではないですね。こっそり騎士宿舎を変な時間に抜け出し、会いに来ていますよね? それで寝顔を見て、一応は帰ってきて短時間眠る。主はまだ若いので、それで体力は一応回復します。ですが精神的に元気なのは、目覚めて数時間。任務がスタートすると、一気に気持ちが落ちて行き……。午前中はそれでもなんとかですが、午後になるとアンニュイなため息を漏らし、若奥様を恋しがるから……」
これは聞いているだけで、胸がキュンキュンしてしまう。
ライルがそんなに私を恋しがっているなんて。
白い結婚と高級娼館の件を、忘れそうになる。
「今日は晩餐会がありますよね。主はそれに顔を出すつもりで、任務自体も本当は、その時間に間に合うよう、終えるはずでした」
まさか……。
「ところがあの……が、我が儘を……」
ベルナードが声を小さくしたところは、よく聞き取れなかった。
それでも理解できた。
ライルは今日の晩餐会に、顔を出すことができないんだ。
「わたしは免除されました。付き合わされるのは主だけです。よってわたしが主の代わりでその晩餐会に、若奥様と一緒に出席するよう命じられました。……その、本当に申し訳ないです。わたしが主の代わりに任務を担当できたらよかったのですが……。そうもいかず」
「そうだったのですね。一人で参加するしかない……と思ってしまったのですが、ベルナードがエスコートしてくださるなら安心です」
こうして私はこの日、ベルナードのエスコートで晩餐会へ参加することになった。