Forever yours
甘くて、みずみずしい香り。
私の好きな香りだ。
昨晩、寝る時につけたのは……薔薇の香油だった。
これは……。
ゆっくり目を開けた。
カーテンの隙間からほの白い明かりが届いている。
夜が明けて、すぐくらいだろうか。
朝からなんて素敵な香りがしているのだろう。
そう思い、さらに深呼吸をした時。
ベッド横のテーブルに花瓶が置かれ、そこに大ぶりのピオニーが生けられていることに気付く。
今の季節、ピオニーは温室で栽培されている。
わざわざ温室で詰んだ花を届けてくれたの……?
届ける……って、私が寝ている時に、この寝室に誰か入って来たの!?
思わず驚き、がばっと起き上がり、花瓶のそばにカードが置かれていることに気付く。
手の平サイズの封筒を開け、カードを取り出すと……。
『My dearest アイリ
夕食に帰ることができず申し訳なかったです。
チョコレートは受け取りました。
一粒口に入れた瞬間。
君の顔が浮かび、居ても立っても居られず……。
可愛い寝顔を見れて安心しました。
Forever yours ライル』
これを見てビックリ!
私が寝ている時に、ライルが寝室にやって来ていたなんて!
同じ王都にいるわけで、宮殿とこのホテルは距離だって近い。
それでも。
騎士団宿舎で休んでいるはずのライルが、わざわざこのピオニーの花束を届けに来てくれたなんて……!
これは大変嬉しい。
考えてみればローズロック領に着いてからは、毎日のように会っていた。結婚後は毎晩一緒に過ごす時間があった。……夫婦の営みはないけれど。
それが突然、別々で過ごすことになり、正直。
意識しないようにしていたけど、とても……寂しい気持ちがあった。
ライルが私を好きという気持ちは伝わって来るのに、白い結婚。
しかも彼は高級娼館に足を運んでいる。
不安な気持ちはいつもあった。
でもこんな風に花束を届けてくれたら……。
私が読んだロマンス小説の白い結婚とは、全然違う。
私の白い結婚。
愛されているのに。
溺愛されているのに。
夫婦の営みがない不思議な関係。
「あっ、若奥様、起きていらしたのですか!?」
「そう。さっき起きたばかりよ。ねえ、見て、このピオニー」
「聞きましたよ! 若旦那様が明け方に届けてくださったそうですね。私も寝ていたのですが、警備についていた兵士が話してくれました。ホテルのスタッフが協力し、花瓶も用意して。若旦那様自らが生けたそうですよ」
そんなエピソードを聞くと、ますますキュンキュンしてしまう。
「ライルに早く会いたいわ」
「ふふ。それは若旦那様も同じでしょうね。今の若旦那様なら、何を聞いても全部答えてくれそうです。会う時間を取れないことも、焦れ焦れを後押してくれていますね」
「フィオナ、私もとても焦れ焦れしているの。ライルに聞きたいことを聞いて、スッキリしたい……」
フィオナはカーテンを開けながら、くすくすと笑っている。
「間違いなく両想いで、お似合いのお二人なのに。全く若旦那様は何を考えているのやら。新婚の新妻が、こんなに恋焦がれているのに。手を出さないなんて! ある意味、若旦那様の強靭な精神力に、脱帽です」
強靭な精神力……。
そうね、そうだと思う。
でも……結構負けそうになっていたと思うけど。
膝枕をされて私を抱きしめている時のライルは、完全に自身が騎士団長であることを忘れていたと思う。「入団してから初めて、職務放棄したくなりました」なんて言ってしまうぐらい。
ライルに会いたい!
そんな気持ちでいられたのはこの時だけ。
この後、身支度を整え、ラスベリー色のドレスを着てレストランへ行くと……。
薔薇石英のことを、沢山の令嬢マダムから聞かれたのだ。
昨晩のアピールは口コミで広がり、珍しい宝石ということで、皆、かなり興味を持ってくれた。
こうなると領地の商会本部へ連絡して、薔薇石英の宝飾品を、取り寄せることになる。こんなに引きが強いのは、実物を見た時、美しいと感じたが、値段もお手頃だったからだろう。
というわけで。
この日はもう、手紙を書いたり、商談をしたりで、大忙し。
まさか薔薇石英がここまで人気になるとは思わなかった。
まだ舞踏会にも、晩餐会にも、顔を出していないのに!
この状況については、ライルにも手紙で知らせることにした。
まさにその手紙を書き終えた夕方に、昨日の従者が私のところへ来たのだ!
「若奥様、申し訳ございません。本日も任務で若旦那様は夕食を共にすることができないそうです」
「残念だけど仕方ないわ。でも明日は一件、晩餐会の予定が入っているでしょう。それは出席できるか、確認しておいて頂戴。その際、この手紙を渡してくれる?」
「かしこまりました!」
ライルには焼き菓子の詰め合わせを、従者にはナッツの詰め合わせを持たせ、送り出す。
例えなかなか会えなくても。
お互いにすべきことに邁進している。
だから問題ない。
そう、その時の私は思っていた。
ライルを信じ、疑う気持ちはどこにもなかった。