仕方ない
改装工事が進む旧グランドホテル。
とんでもなく立派だった。
相当数の客室があったが、シングルルームはそのまま使用人や兵士・騎士の部屋になる。ラグジュアリールームは客間に、スイートルームは夫婦それぞれの部屋、義母の部屋に割り当てられることになっていた。
正面エントランスを入ってすぐはロビーだが、そこはそのまま残し、まるでホテルのようにお出迎えする形にするという。エントランスホールなのに、ホテルのロビーそのまま生かすというのは、実に面白い。
レストランもそのまま食堂として利用できるし、ホールの数も多いので、舞踏会や晩餐会もバッチリだ。
ベーカリーショップ、スイーツショップ、ヘアサロン、仕立て屋、衣料品店などいくつあるお店は、図書室、娯楽室、メール室などに改装するという。
離れはなく、母屋のみになるが、設備、部屋数、どれをとっても問題なしだ。
「ここに住めるなんて夢みたいね。オペラ劇場もシンフォニーホールも、王立美術館や国立公園もとても近いわ。それにレストランやベーカリー、スイーツで働いていたスタッフの何人かは、そのまま侯爵家で働くことに同意してくれているのよね? 毎日とんでもなく美味しい料理も楽しめそうだわ」
「本当ですね。大ホールはオペラの公演もできる広さですし……もはや自宅でオペラ観劇ができてしまいますよ」
フィオナとそんなことを話しながら、改装工事が進む建物を見学し、滞在中のホテルへ戻った。今、滞在している『ザ・クラウン』も素敵なホテルだ。でも旧グランドホテルを見た後だと……。なんだか物足りなくなってしまう。
ともかくそのすごさをホテルの部屋に戻ってから、お茶をしながらフィオナと散々話しているうちに、夕食の時間が近づく。
「着替えましょうか、若奥様」
「そうね、そうしましょう」
こうしてロイヤルブルーのドレスに着替え、早速薔薇石英の宝飾品を身に着けた。
ドレスの飾りにも薔薇石英は使われているが、ライルがプレゼントしてくれた薔薇石英の宝飾品は、実に洗練されたもの。ドレスの飾りもいい。だが薔薇石英は、宝飾品としても、十分いけると思った。
これを売り込まない手はない!
昼間と比べ、夜はホテルのレストランでも、宿泊客以外の利用が増える。
まさに薔薇石英をアピールするには丁度いい。
準備が整ったまさにそのタイミングで、従者が部屋を訪ねてきた。
「若旦那様からの伝言です。夕食はホテルで若奥様と摂るつもりでいたそうですが、会食の予定が入ってしまったそうです。会食は夜遅くまでかかる可能性があるため、今日はホテルへ顔を出すことはできそうにないとのこと。よって若奥様には大変申し訳ないのですが、そのまま夕食を終えたら、休んで欲しいということでした」
これには「残念……」という気持ちになるが、仕方ないとも思ってしまう。
領地にいた時、ライルは完全にオフだった。
でも王都に戻れば騎士団長という公人の立場が強くなる。
しかも三か月の長期休暇明け。
その間は副団長他、上級指揮官が、ライルの代わりとなり動いていただろう。だが団長が戻ったとなれば……。会食とて職務の一環と考えるべきであり、ここは「お勤め頑張ってください」と言うしかない。
私の伝言をライルに届ける従者に待ったをかけ、リボンのついた小箱を渡す。
「これをライル様に届けてください。このホテルのスイーツショップで売っているチョコレートです。お戻りになったら渡すつもりでしたが、明日はいつ会えるか分からないので。そしてこれはあなたへ。クッキーです。よかったら」
これには従者は恐縮し、「若旦那様に必ずお渡しします」と何度も頭を下げ、部屋を出て行く。
「若奥様、予約していたディナータイムです。参りましょう」
「ええ、そうね」
ライルは戻らないが、そもそも白い結婚で、寝るのも別々のベッドだった。
よって彼が戻らなくても、大きな問題はない。
それよりもちゃんと社交をして、薔薇石英を広めよう。
こうしてレストランへ向かった私は、近くの席になった令嬢やマダムに積極的に挨拶をして、身分を名乗り、薔薇石英を紹介した。私が宿泊客だったからだろう。周辺の席も、宿泊客が案内されていたようだ。つまり地方領から王都に滞在している貴族が多い。
同じ地方領の貴族ということで、彼らはすぐに打ち解けてくれた上に、薔薇石英にも興味を持ってくれた。まだ王都でもつけている貴族がいないと知ると、俄然興味を持ち、欲しいと言ってくれる。王都の貴族に先駆け、お洒落をしたいという気持ちがあるからだ。
ということで興味を持っていただけた令嬢やマダムには、ライルの商会のお店の紹介状を渡す。
これを持って来店すれば、スペシャルなサービスを受けられる。
飲み物やお菓子がサービスされるのは当たり前で、店頭にない商品を特別に販売してもらえたり、まとめ買いによる割引などが受けられる。
食後はお酒は飲まないが、バーコーナーに移動。
ジュース片手にやはり令嬢やマダムに声を掛け、薔薇石英を紹介した。王都在住の貴族もいて、「あの騎士団長の若奥様なのですね!」とライルの武功から好意的な反応も示してくれる。こちらは紹介状に加え、このホテルに三か月滞在することも伝えていた。何かあればフロントへ言付けしてくれれば、対応できるということだ。
これまで舞踏会でも晩餐会でも。ユーリの引き立て役に徹していたが、いざ社交ということで話してみると、意外とトークができる自分に気付いた。フィオナも「若奥様、完璧ですよ!」と喜んでくれる。
ライルと夕食を摂れないことに寂しさを感じたが、その分、薔薇石英を存分にアピールできたのだ。
良しとしよう。
こうしてこの日の夜は、ベッドに入るとぐっすり眠ることになる。
そして翌朝、目覚めた時。
私はビックリすることになる。