望まれる結婚ではない
ライル本人に会うことなく、婚約は成立した。
しかも結婚式の日取りまで決まってしまう。
それは今から三か月後!
王族の結婚式であれば。
各国への招待もあるため、一年前にその日取りが発表され、準備が進められる。
貴族であっても婚約期間を経て、準備を進め、そして結婚式となる。その準備期間は半年程度必要とされていた。というのもウェディングドレスを仕立てるのに、それぐらいかかるからだ。
だがしかし。
「まあ、お姉様、良かったですわね。お母様が着たウィディングドレスを譲ってもらえるなんて。クラシックで伝統を感じさせる、素敵なデザインじゃないですか!」
妹のユーリはくすくす笑いながらそう指摘するが……。
ようは母親が記念にとっていた、クローゼットの奥にしまわれ続けた流行遅れのかび臭いウェディングドレスを着ろ……ということだった。
ウェディングドレスは高級品であり、オーダーメイドで仕立てると、通常のドレスよりもうんとお金もかかる。それでも平民でさえ、一生に一度の晴れ舞台と、そこはお金をかけるのに。
勿論、いろいろな理由で、新たにウェディングドレスを仕立てないこともある。亡くなった祖母が大切にしてきたウェディングドレスを孫が着るとか、母親が着たウェディングドレスがあまりにも素敵なので、多少手を入れつつ着用するとか。そこにはポジティブな理由があった。
でも我が家の場合は……ウェディングドレスでお金をかけるのは妹のユーリ。姉である私は……屋敷に着ることができるウェディングドレスがあるのだ。それを着ればいいだろう……という判断。
つまり一番用意に時間がかかるはずのウェディングドレスは準備できている。多少の微調整が必要だが、母親と私は身長も体型も似ているので、大幅な補正は必要ない。それに屋敷から一人減るだけで、いろいろなお金が浮くことになる。
ユーリは浮いたお金を自分に使うつもり満々だった。よって父親に「ウェディングドレスもあるのですから、一刻も早くお姉様を嫁がせた方がいいのではないですか。私、お姉様には一日も早く幸せになっていただきたいのです」と進言。
ユーリを溺愛する父親は「そうだな。そうしよう」と快諾したのだ。
その結果、三か月後に結婚式をあげることが決定した。
これにはいろいろと思うところがある。
だが望まれてする結婚でもない。
どうせこれも政略結婚の一つなのだ。
私は働くことも禁じられ、末は介護か修道院行きの未来しかない。
それならばせめてこの屋敷を出て、緑豊かで美しい薔薇の産地で知られるローズロックで暮らせるなら……。今のような閉塞感からは、少しは解放されると思う。
よって現状に文句を言うのは止めようと決意した。
何か言ったところで、ユーリを中心に両親に説得され、結局は三か月後に式を挙げるしかないのだ。
私はこの貴族社会にどっぷりつかって育っていた。
もし私が異邦人だったら、いろいろなしがらみを無視し、ユーリをひっぱたき、両親に文句を言い、家を飛び出すぐらいしたかもしれない。でも現実でそれは無理だ。貴族令嬢は淑女となり、両親の教えには従い、兄弟姉妹とは仲良くすること。そう子供の頃から刷り込まれているのだから。
こうして結婚式の日取りだけではなく、その詳細も徐々に決まる。
ライルが残り三カ月でタウンハウスを手に入れ、結婚式を挙げられるようにするのは、無理な話だった。
挙式は聖堂や教会でできる。でもその後の披露宴やウェディングパーティーは、通常貴族であれば、自らの屋敷で行う。でも急遽手に入れた屋敷で、慌てて使用人を雇い、いきなり披露宴やウェディングパーティーやるのは……非現実的だ。
ではミルフォード伯爵家の屋敷でやればいいのではないか。
そう思うが、ユーリも両親も反対。
費用はライルが持つとしても、自身の屋敷でやるとなると、ものすごく気を遣う。
実費は請求できても、気苦労や気遣いに対して請求はできない。何よりこれから親族になるのだ。請求できる仕組みがあっても、請求しないのが貴族の叙事のはず。
「アイリ、侯爵家の披露宴やウェディングパーティーを我が家でやるなんて。恐れ多い。とても満足できるような準備を三か月でするなんて無理だ」
そんなことを言い出す始末。
三か月後に挙式せよ!――とごり押ししたのは両親とユーリなのに。
結局、挙式も披露宴もウェディングパーティーも王都ではなく、ライルの領地であるローズロックで行うことが決まった。これに対して両親とユーリは……。
「ぜひ駆け付けたいが、途中に戦時中に激戦と言われた土地があり、そこは今も荒廃したままだと聞いている。もしもがあると、とても恐ろしくて……」
予想はしていた。だが本当に娘の結婚行事への参列を拒否するなんて。
しかもライルには尤もらしいことを書き連ねた書簡を既に送り、「分かりました」と返事を得ていた。
しかも両親とユーリが参列しないのに、他の親族が参加するのも……。
女学校時代の友人は、王都から外へ出たことがない……という子も多かった。それでもせっかくだからと参列を表明してくれたが……。彼女達の両親が反対をした。その理由は両親と同じで、荒廃した土地を通過しないと、ローズロックには行けないこと。さらに私の両親やユーリを始め、親族一同が参列しないのだ。それなのに友人だけが参加はよくない……となったのだ。
両親の反対を押し切り、参列すると言ってくれた子もいる。でもそこまでしてもらう必要はない……と私は思ってしまったのだ。
なぜならライルと私が相思相愛でする、望まれる結婚ではないから。
こうして私は一人、嫁入りすることが決まった。