狭間で揺れ動く
「痛みはないですか? もし辛いようなら、無理をさせるつもりはありません。お休みになってください」
限りなく優しいライルにメロメロになりそうな私だったが、なんとか踏ん張り「大丈夫です」と答える。
「辛くなったら遠慮なく声を掛けてください。アイリのことが大切なんです。約束してくださいますか?」
この言葉に感動し、こくこく頷くしかない。
私の体への気遣いだけではなく「アイリのことが大切なんです」と明言されたことも、嬉しくてならなかった。
こんなに優しいライルなら、焦れ焦れ作戦で追い詰めなくても、「どうして高級娼館に足を運んだのですか?」と尋ねたら、素直に白状してくれそうな気もするが……。
その点をフィオナに話したところ、こんな風に言われてしまったのだ。
「焦れ焦れがピークの時は、ある意味、理性が崩壊寸前です。平時に尋ねられたら『うん!?』と思うところで立ち止まることなく、目の前の欲求を満たすために、本音をさらすことになると思います。でも焦れ焦れピークではない時。どんな反応になると思いますか?」
フィオナに問われた私は考え込むが、正解が分からない。
「高級娼館に若旦那様が行ったこと。知らないはずなんです、若奥様は。よって『どうして高級娼館に行かれたのですか』と普通の状況で尋ねると、『なぜ、それを知っているのですか? まさか後をつけたのですか?』とマイナスな反応を得ることになってしまいます。自分の何かを疑い、尾行をつけたと思われた時点で、若旦那様の態度は硬化する可能性が高いです。本音を打ち明けてくれるとは……思えません」
ここまで分析されてしまうと、信憑性があり、そしてそうだろうと納得してしまう。自分が逆の立場ならそうなると思える点も大きい。
それに焦れ焦れ作戦で理性が崩壊寸前だからこそ、「なぜ高級娼館に行ったことを知っている……?」と考える余地を与えずに、「なぜ高級娼館に行ったのか」の答えを得ることが出来るというのもその通りだと思えた。
ゆえに今、甲斐甲斐しいライルに尋ねたら、その瞬間。
彼の表情が変わり、心を閉ざしてしまう……可能性が大きいので、やはり聞けない。
「……辛そうですね。やはり無理をさせてしまいましたか? 良かったらベッドで横になりますか? 自分はそばに椅子を置いて見守るのでも構いません」
「ごめんなさい。つい、ぼーっとしてしまいました。でも大丈夫ですよ。今は痛みもありませんから」
そこでライルがチェスを用意していないことに気付く。
「今日はチェスは?」
「アイリの体調が良くないことを考え、チェスは持参しませんでした。体調の悪いアイリに勝利しても、なんだかフェアではないと思えるので……」
ああ、やはりライルは騎士ね。
正々堂々戦いたいと思っている。
「私の体調を気遣ってくださり、ありがとうございます。でも月のものは病気ではありませんから。そこまでお気遣いいただかなくても大丈夫ですよ」
そこでベルを鳴らし、メイドを呼ぶと、ライルはチェス一式を持ってくるように命じた。メイドは「かしこまりました」と出て行き、すぐに持ってきてくれる。
ラズベリーリーフティーを飲み、プルーンをつまみながら、リラックスした状態でチェスを出来た。ライルはなんと白ワインを口にしながら、チェスをしているのだけど……。
これはもしかして自らハンディをつけてくれたのかしら?
酔って冷静な判断ができないように。
それともお酒を理由に負けるつもり?
ともかく私も勝つつもりはない。
ということで実際プレイし始めると……。
ライルはどうやら自分が負け、私の唇へキスをしたいと思いつつも。
私が負けて、どこにキスをされるのか、ドキドキしたい気持ちもあるようだ。
負けたいけれど、勝ちたくもある……その狭間で揺れ動いているのが分かった。
ならばここは私がぐいぐい負ける方向で動けば、押し切れる!
そう思ったら……。
「昨晩と同じですね。自分が四勝で、アイリが一勝。やはりアイリの体調が万全ではなかったからですね」
「決して病気ではないので、体調のせいにはしたくないのですが……。でも負けてしまいましたので、体調が……影響していたのかもしれません」
「いずれにせよ、勝負はついたので」
ライルがふわりと私を抱き寄せた。
ああ、ライルにキスをされる。
恍惚とした気持ちになりかけたが、ぐっと我慢してライルに提案する。
「ライル、私の好きなところ、沢山あるでしょう? 同じ場所はダメということにしましょう」
これを聞いた瞬間。
ご馳走を前に「待て」を命じられた犬のように、ライルの表情がしゅんとなる。
あまりに愛らしく、抱きしめたくなる衝動を抑えるのが大変!
「……分かりました。でも、そうですよね。アイリの好きなところ、沢山ありますから……」
ライルはそう言うと、私の顎をくいっと持ち上げる。
「!?」
同じ場所は×。つまり唇のキスはもうできないのに!
ライルの端正な顔が近づき、私は本能で目を閉じ――。
お読みいただき、ありがとうございます。
次話は糖度高めになるので、苦手な方はブラウザバックなどで自衛をお願いします~