なかなかスパルタ
主導権を握った充実感で、私は爆睡だった。
翌朝はスッキリと目が覚め、充足感でいっぱい。
私のこの表情を見て、フィオナも昨晩は大成功だったと分かってくれている。
メイドと共に、ベビーピンク色のドレスに着替えるのを手伝いながら、フィオナは私とアイコンタクトをとり、ウィンクをした。
朝食を摂るため、いつもの部屋に向かうと、義母に元気に挨拶をする。義母は元気そうな私を見て「今日はマッサージは平気かしら?」と尋ねるので「はい。今日は大丈夫です」とニッコリ答える。
そこに現れたライルは……。
まず私を見ると顔を赤くする。
その姿は実に初々しく、メイド達から「まあ」という声が漏れた。
「まあ」と言いたくなる気持ち、よく分かる。
だって顔を赤くするライルは本当に。愛らしいから!
ただ……。
朝食を摂る最中、ライルはその碧眼に熱い想いを込め、私をじっと見るのだけど……。
さすがに朝からそれは、やり過ぎ!
義母も「ライル、新婚なのは分かっていますが、皆の前ではもう少ししゃんとしないと」と進言するほどだ。これを指摘されたライルはハッとして、いつものキリッとした様子に戻るのだが……。
気付くと私をじっと見つめている。
その表情はとろけそうな程、甘い。
ちょっと昨晩やり過ぎたかしら?
これでは何も手につかないのでは?
一瞬心配するが、騎士団長であり、侯爵家の当主。
通常の執務は補佐官に任せているが、今は領地に滞在している。
ここぞとばかりにいろいろ相談事が持ち込まれるようで、朝食の後は、執務室にこもってしまう。
私が目に入れば、いろいろ気になりもするのでは?
でも視界に入らず、すべきことが多ければ……。
大丈夫よ、きっと。
ちゃんと執務に励むはず。
一方の私は、侯爵家の嫁としてすべきことを、朝食後、ヘッドバトラーに教えてもらった。
屋敷や使用人の管理に関してレクチャーを受けたが、楽しくて仕方ない。
ミルフォード伯爵家から出て行きたいと願い、独学で本を片手に勉強をしていたこともある。つまり基礎は分かっているので、実践の知識を仕入れることができるのは……とてもためになった。
よって午前中は大変充実していたので、お腹もいい具合で減っている。
昼食はもう元気にぱくぱくと食べてしまう。
私の食べっぷりに義母も影響を受け、なんとパンのおかわりもしている!
そんな義母の姿を見てライルは喜び、そして私を見ると……。
実に切なそうな表情を浮かべる。
昨晩の一件で、ここまでライルが焦がれるような状態になってしまうとは。
まさに効果てきめんだが、なんだか可哀そうにも思えてしまう。
昼食を終え、自室に戻り、フィオナに報告すると……。
「まだまだです。その程度で、可哀そうと歩み寄っては『御しやすい女』と思われかねません。……若旦那様は良い方なので、そんな風に思うわけないでしょうが。それでも焦れ焦れ状態に完璧に仕上げてこそ、本音を暴露するはずです。中途半端では、誤魔化されて終わってしまいます」
フィオナはなかなかスパルタだった。
そんな会話をしていると、ヘッドバトラーが沢山の郵便物を持って部屋にやってきた。ライルと私宛で送られてきている、舞踏会や晩餐会の招待状だった。
今は領地にいるが、ライルは騎士団長。王都に戻ると分かっているので、招待状は毎日のように届いていた。
「間もなく王都へ、若旦那様と若奥様は向かわれると思います。お二人は新婚ということもあり、注目度がとても高いでしょう。お聞きしたところ、薔薇石英の宣伝も兼ね、舞踏会や晩餐会には積極的に顔を出されるとのこと。そこで届いている招待状をお持ちしました」
「ありがとう、ジェフ。ライル様の騎士団への出勤予定は分かっているのかしら?」
「こちらでございます」
ジェフはよくできたヘッドバトラー!
舞踏会や晩餐会の返事を出すのに必要なものは、ちゃんと用意してくれていた。
そこで私はライルの出勤予定日とそれぞれの開催日を確認し、カレンダーに印を入れ……。
「できたわ。返信用の手紙を用意したの。私のサインは済ませているから、これをライル様に届けましょう」
「では若旦那様のところへ、届けに行きますか?」
フィオナに届けてもらおうと思ったけれど……。
執務中のライルの様子、見てみたいという気持ちにもなっていた。
「そうね。一緒に行きましょう、フィオナ」
こうして招待状や返信の手紙などを書類トレーにいれ、それをフィオナに持ってもらい、ライルの執務室へ向かった。もし来客や会議中なら、補佐官に預ければいいと思いながら。
突然の訪問になるので、まずは執務室の手前の隣室にいる補佐官に声を掛け、取り次ぎをしてもらう。すると即「お入りください、若奥様」と言われ、フィオナと共に執務室へ入る。
始めて入る、ライルの執務室。
一面がガラス窓で、午後の陽射しが降り注ぎ、室内は明るい。右の壁には暖炉、左の壁には本棚がズラリ。暖炉のそばには応接セット、その奥の窓のそばに、ライルが座る執務机。
その執務机はどっしりとして重厚感がある。
執務机の近くにもう一人の補佐官のデスクがあり、その補佐官が立ち上がり、ライルは笑顔で私を見た。