四敗分の……
「では、私から、四敗分のキスをさせていただきます」
落ち着いた声でそう告げたものの。
実際の私は、心臓がドクン、ドクンと大きな音を立てている。
呼吸だって、まだ落ち着いたわけではない。
全身も熱くて……。
そう、暑い!
着ていた厚手のウールのガウンを脱ぐと。
ライルが息を呑む気配が伝わって来る。
そこで彼を見ると、慌てて視線を伏せた。
伏せられた目元はほんのり赤く、さらに顔も赤くなっている。
耳たぶも真っ赤だった。
突然、どうしたのかと思ったが……。
いつもの寝間着ではなく、シルクのネグリジェを着ていた。
厚手のガウンを脱いだので、体のラインがくっきり浮き出ている。
私の体を見て、そんなにも赤くなっているの……?
その事実に体の芯が、キュンと震える。
ライルから異性として強く意識されていることが、単純に嬉しい。
自分に自信が持てたし、ちゃんと行動することができた。
つまり。
「ライルの好きな所へ、キスをしますね」
隣に座るライルの耳元に顔を近づけ、そっと囁く。
息が耳にかかるように、ゆっくりと。
それだけでライルの体がビクッと分かりやすく震えた。
その直後に、その耳たぶにキスをして甘噛みをする。
「くっ……」と短い声が、ライルから漏れた。
そのまま耳たぶから唇を離し、首筋にギリギリ触れるか触れないかで顔を移動させる。
その間、息が首筋にかかっていたので、ライルが息を呑んでいる様子が伝わってきた。
「次にここです」
首筋にゆっくり唇で触れ。その陶器のような肌を吸うようにすると――。
「あっ……」という声と吐息が、ライルからこぼれた。
私がキスをして肌を吸った後に、いわゆるキスマークが出来ている。
チラリとライルを見ると、彼の碧眼は熱く潤んでいた。
その横顔に、またも体の芯が疼くが、そのまま一度体を離す。
次にどこにキスをされるのかと、期待と不安が混じったライルの瞳と目が合う。
戦場で“野獣”と呼ばれる騎士団長とは思えない姿に、つい興奮しそうになる。
でも次は手ね……と思い出し、視線を移動させると……。
「……!」
ライルは手をぎゅっと握りしめていた。
それは……私のキスがもたらす何かに、必死に耐えているように思える。
力が入った状態のその手に触れると、ライルが全身を震わせた。
私はただの小娘で、敵兵でも暗殺者でもないのに。
こんなに反応をするなんて。
両手でライルの手を包み込むようにすると、自然と彼の手から力が抜ける。
そのまま自分の顔の近くまでその手を持ち上げ……。
きっと手の甲にキスをされる――ライルはそう思ったはずだ。
でも甲ではなく、中指の先端にキスをすると。
苦し気なため息をライルがついて、何かを期待するように私をじっと見ている。
なんだか腰の辺りがゾクゾクして落ち着かない。
ゆっくり持ち上げていた手を元の位置に下ろすと、ライルが残念でならないという顔をするので、思わず笑いそうになるのを堪える。
やはりライルは……可愛らしい!
そんなライルをさらにドキッとさせることをする。
今度のキスは背中だから、着ている寝間着のボタンをはずし始めたのだ。
「!? ア、アイリ、な、何を……」
声を震わせるライルが乙女で、私は乙女を襲おうとする悪者みたいになっている。
ライルが私の両手を掴むので、ここは盛大にため息をつく。
「最後のキスはなしですか?」
「! い、一体、どこへキスされるおつもりですか!?」
「それは……今はまだ秘密です」
「!」
ライルは瞳をうるうるさせて私を見つめ、掴んでいた手を離す。
ゆっくり私にボタンをはずされていくライルは、その立派な体躯に反し、愛らしくてならない。
寝間着のボタンをすべて外し、素肌が目の前に見えると。
「あ……」
声を漏らし、思わずじっと見てしまう。
深い傷痕が胸の辺りに見えたが、胸筋、綺麗に割れた腹筋、形のいいおへそに目が釘付けだった。
「……すみません。お見苦しいですよね」
ライルが慌てて自身の手で前を合わせようとするので、両手でそれを止めさせてしまう。
私は見事な筋肉に反応したのに、傷痕に驚いたと、ライルは思ったようだ。
「騎士なんです。傷が全くない方が、本当に騎士なの?と思ってしまいます。傷痕も含めてのライル。私は傷について、気にすることはありません」
「アイリ……」
見つめ合った瞬間。
ライルの想いがその瞳から溢れ、思わず瞼を閉じそうになる。
そうなれば絶対にキスをされるが……。
今はダメ!
すっとライルの熱い視線から逃れ、ソファから立ち上がると。
ライルは、「くぅん……」と鳴き出しそうな、子犬みたいな表情になってしまう。
今すぐ抱きしめたくなるが、それを我慢してソファを回り込むと、彼の背後に立つ。
「アイリ……」と振り向こうとするライルを制すると、寝間着の上衣を肩からぐっと押し下げる。
「……!」
ライルの体が盛大にビクンと震え、またも乙女の服を脱がそうとする、悪者の気分を味わう。
背中にもいくつか、傷痕が残っている。
でも見事に鍛えられた背筋に、その傷痕は、勲章にしか思えない。
そっと傷痕に指で触れると、ライルが再び体を震わせた。
一方の私は、その傷痕に「ちゅっ」とキスをすると……。
「う……」とライルから熱のこもった声が上がる。
「背中の傷痕も含め、私はライルのことが大好きですよ」
最後にそう伝えると、ライルはソファから立ち上がり、私に駆け寄る。
寝間着の前ははだけたまま、私を抱きしめようとするが、それをするりと猫のようにかわす。
「ライル、今晩もチェス、楽しかったです。負けたものの、あなたの傷痕という勲章も確認できて、よかったと思います。明日は、もっと別の場所の勲章も……確認できるかしら……?」
そう言って視線を一度落とし、その顔を見ると。
完全にライルの顔は真っ赤になっている。
「では私はこのままこの部屋で休みますので、ライルはお部屋にお戻りください」
にっこり笑顔で彼の着ていたガウンをソファからとって広げる。
「アイリ、自分は、その」「はい、腕を伸ばして」
有無を言わせず、ガウンを着せてしまう。寝間着のボタンをとめていないが、そのままガウンの紐をぐっと結わくと、とんでもなくセクシーな姿のライルが完成した。
これはなんだか押し倒したくなるが、代わりにその手を取り、扉の方へと連れて行く。
「おやすみなさいませ、ライル」
「アイリ……」
主導権は完全に私が握った。
今のライルは昨晩の私のように「もっとキスをしたい、続きをしたい」という気持ちになっているはず!