主導権を握る
「今晩もきっと夫婦の寝室に呼ばれ、チェスをするのですよね? 今度はあえて負けて、キスの主導権を若奥様がとるんですよ。そこで試してみたらどうでしょう?」
フィオナの提案に乗ってみることにした。
つまり。
ライルが高級娼館へ行っていたこと。
その事実など知らない素振りで夕食をいつも通り食べ、入浴をして、準備を整える。
夫婦の寝室へ行き、ライルが来たら……。
昨日と同じ。
チェスをするが。
一度目は勝つ。
でもその後は……うっかりのフリをして負ける。
キスの主導権を若奥様がとるんですよ――そう、私がライルにキスをする。
どこへキスをするのか。
フィオナのアドバイスはこうだ。
「耳、首筋は息がかかるだけでもドキドキする場所です。この二か所はキスをするといいと思います。あとは指先。最後は背中です。着ているものを少し脱ぐ形になりますから、脱がせるところからドキドキさせ、実際に背中にキスをすることで、とんでもない刺激を与えることができると思います」
「つまりライル様のことをドキドキさせる場所にキスをするのね。……それで何を試すの?」
「若旦那様は若奥様との深いキスで、自制心をコントロールできなかったのですよね。今回、若奥様のキスで、若旦那様は理性が吹き飛ぶ寸前となります。勢い止まらず、昨晩のように若奥様を押し倒したり、また濃密なキスをしようとするかもしれません。でもそこでストップをかけます。昨晩、若奥様がされたように。『どうしてその先をしないの……?』という気持ちにさせるのです。その時、若奥様は涼しい顔で『私、もう眠りますね』とクールに告げてください」
こうすることでライルの中で私への欲望が高まり、それが抑えきれなくなる。
そうなるとチェスではなく、いきなりキスから始まるかもしれない。
そこで問えばいいというのだ。
「キスをしようとする若旦那様の唇を押さえ、『私達は白い結婚ですよね? 私を抱くつもりはないんですよね? それなのになぜキスをするのですか?』と。欲望が勝っている状況の若旦那様は、そこでうっかり本心を明かすかもしれません。いえ、明かすと思います。高級娼館に足を運ぶぐらい、あちらの欲求が強いのですから、明かさずにはいられないでしょう」
フィオナはそう言うが、私はこうも考えてしまう。
「そんな上手くいくかしら? そもそもその欲求が高まったら、私との夜を待つ前に、また高級娼館へ行くのでは?」
「それも考えられますが、奥様と若奥様とティータイムの約束をされていますよね?」
「それは……確かにそうね」
「私の方でも噂を流しておきます」
ライルが使用人のいるエリアを通過した際「私がいながら、娼館に通う男なんて最悪。別れようと思っているの!」とメイドに会話させるというのだ。ライルは朝食の後、自室に戻る際、メイドの休憩室のそばを毎日通過している。それは通路がそうなっているからだ。
「もしも若奥様に高級娼館へ行っていることがバレたら、大変なことになると認識させるのです。そうすることで心理的に高級娼館には行きづらくする」
フィオナはなかなかの策士だった。
これならライルの本音を聞き出せる気がした。
ということで。
準備は整った。
「今日は少し薄手ですが、シルクの体のラインが出やすいネグリジェにさせていただきました。その分、ガウンはウールの厚手のものにしています。夫婦の寝室の暖炉も調整し、室内がいつもより温かく感じられるようにしているので、お部屋ではガウンを脱いでいただいても問題ないかと」
フィオナのアグレッシブな采配に「さすがだわ!」と拍手したくなる。
つまりライルの気持ちを高め、ストップをかけるために、服装も活用するというわけだ。
さらに今日は服装だけではなく、香油の代わりに香水をつけている。
ホワイトムスクという男性に好まれる香水だ。
甘い香りはフェロモンの匂いと言われ、男性を性的に興奮させると言われていた。その効果の真偽は不確かだが、香りとして悪くはない。普段の私が使う香水の香りとは、真逆だけど。
「それでは若奥様、こちらで失礼させていただきます」
夫婦の寝室に到着し、フィオナは退出した。
いつも通り、ソファの前のローテーブルには、フルーツと飲み物が用意されている。
ストンとソファに腰を下ろすと、鼓動が速くなっているのを感じた。
自分からキスをするなんて。
これまでの人生で一度もしたことがない。
ちゃんと上手くできるだろうか。
こういう時、お酒を飲めたら気持ちが楽になるのかしら?なんて思っていると、扉がノックされる。
ライルが来たことに心臓がドクンと大きく反応した。