義母の優しさそして夫は――
結婚式の翌日。
朝食は母屋に滞在する招待客――王都から来た騎士達とみんなで摂ることになった。
私は濃紺のドレスを着て、朝食会場となっている大食堂へ向かう。
ニコニコと笑顔の義母に迎えられ、席に着席する。
周囲に着席している騎士達も、皆、眩しい程の笑顔だった。
昨日からのお祝いモードが続いているが、今の私は昨日とは全く違う気分だ。
何せ自分が白い結婚であると分かってしまった。
とても平常心ではいられない。
だが……。
空色のスーツ姿で登場したライルは、とても爽やか。
彼の登場に着席している騎士達は「おめでとうございます!」「ハネムーンベイビー期待しています!」の声がかかる。これを聞いた義母が「まあ!」と笑顔になるので、私の頬は引きつってしまう。
白い結婚で赤ちゃんなんて……。
無理な話だった。
だがライルは顔を赤くしながらも、まんざらではない表情をしている。
それを見た私は複雑な心境だ。
ライルが何を考えているのか、理解できない。
さらに。
「おはようございます、アイリ、母上」
いつもと変わらない清々しい表情と挨拶。
「おはよう、ライル」
「おはようございます」
にこやかに応じる義母に続いて、なるべく普段通りに挨拶を返す。
白い結婚とは……そういうものだったことを思い出したからだ。
夜の夫婦の営みはないが、それ以外は通常の夫婦と変わらないはず。
その後の朝食はワイワイと賑わい、そして……。
用意が出来次第、王都へ向け出発する騎士達の見送りとなった。
百名もいるので、その見送りだけで、お昼の時間になってしまう。
昼食は、まだ出発していない騎士達数名も一緒だった。
「若い奥方にどっぷりハマってしまい、騎士団のことを忘れないでくださいよ」
「結婚休暇は一週間ですからね、団長。ちゃんと王都へ戻って来てください!」
「若奥様と同じぐらい、自分達騎士団のことも愛してください、団長!」
そんなことを言われたライルは「勿論だ」と笑顔で応じている。
あくまで部下の前では騎士団長。
私生活で私との白い結婚になったのに、一切動じることはないのね。
昼食も騎士達の元気な笑い声が聞こえる中、終了となる。
そしてその昼食が終わると、残っていた騎士達も全員、王都へ向け、出発した。
この時間に出発すれば、あの危険エリアがある森は、日没前には抜けることが出来る。
ちなみに棺を運んだ兵士たちは無事、王都へ到着し、家族へ遺体を引き渡してくれていた。その上で兵士達は、遺族からの感謝の手紙を手に、ローズロック領に戻って来ていたのだ。
ひとまず見送りが終わったので、一旦自室へ戻ると。
なんだか疲れてソファに横になってしまう。
するとフィオナが二人の女性を連れ、部屋にやって来た。
「若奥様、こちらの二人、奥様が手配したマッサージ師の方です。昨日からいろいろ忙しく、体が疲れているだろうと」
「そうなのね。お義母様はなんてお優しいのかしら。ぜひお願いするわ」
こうして寝室へ移動し、マッサージをしてもらったが……。
「腰のこの辺りは痛みませんか?」
「太腿の付け根あたりは凝っていませんか?」
これにはさすがに私も理解する。
肩や足裏のマッサージもしてくれたが、気にしているのは腰回り。
つまり……初夜で足腰にガタがきていないか、気遣ってくれたと理解した。
白い結婚でライルとの間には一切何もないんですよ……なんて、絶対に言えないと思った。
マッサージが終わると、丁度お茶の時間になっている。
喫茶室に向かうと、義母はいるが、ライルの姿はない。
「なんだか街に急用があるとかで、昼食後、出て行ってしまったのよ。新妻を置いて、どこに行くのかも言わないなんて……。あの子、そんなことをする子じゃないのに。もしかすると何かサプライズでプレゼントでも買いに行ったのかもしれないわ。ともかくライルのことは気にしないで、お茶を楽しみましょう」
そう言うと義母が手を上げ、メイド達が紅茶を淹れてくれる。
「今日の紅茶はオータムナルのダージリンよ。濃厚なダージリンの味はミルクと一緒に楽しむのが一番。ロイヤルミルクティーにして用意させたわ。召し上がってみて」
「ありがとうございます」
義母は限りなく優しい。
初対面の昼食で、私が好きだと言っていたスイーツを、このティータイムに用意してくれていたのだ。
ミルフォード伯爵家でのお茶の時間は、ユーリのために存在していた。
私の食べたいスイーツではなく、ユーリのためのスイーツが、いつも並べられている。
それを思い出すと、今はまさに夢のようだ。
白い結婚となってしまったが、義母の優しさは本物。
義母と過ごせる時間を楽しみに、これからは過ごしていけばいい。
こうして私が義母と談笑している頃、ライルは――。