私の白い結婚
「自分も同じです」
「え」
「やはり今の自分ではこれが限界です」
ど、どういうこと……!?
ライルは私の手を離すと、ぽすっとベッドに座った。
「本来、貴族であろうと、平民であろうと、婚約から結婚まで半年ぐらいは必要になります。でもミルフォード伯爵は『姉がいつまでも独り身なので、妹まで婚約することが出来ないのです。せっかく妹のユーリにいい縁談話が来ているのに。あの子は姉を差し置いて、自分だけ幸せになるわけにはいかないと、縁談話をことごとく断っているのです。ユーリを不憫に思うなら、一刻も早くアイリと結婚してください。ウェディングドレスの用意もできていますので』と自分に伝えたのです」
最悪だった。
ユーリをだしに、私との早期結婚を、父親はライルに求めていたなんて!
こんなの脅迫みたいなものだ。
それにライルの性格からしたら、私の父親に言われるままに、ユーリのことを不憫だと思ったに違いない。
「ミルフォード伯爵が言うがままに、従ってしまいました。でもこれは大きな間違いでしたね」
ライルが大きなため息をつく。
そしてそう言われてしまうと、その通りだと思う。
間違いなく、父親はライルを脅し、結婚式の時期を早めさせた。
冷静に考えると父親の脅しを受け入れたこと、ライルは間違いだったと気付いてしまった。
「今日はもう休みましょう。このままこちらで休んでいただいても構いませんし、自室に戻っていただいても。とりあえず自分はこの部屋から出て行くので、安心してください」
ベッドから立ち上がったライルは、スタスタと扉の方へ向かうと、深々とお辞儀をする。それを終えると、そのまま部屋を出て行ってしまう。
パタンと静かに扉が閉まり、私は呆然していた。
こ、これはどういうことなの……?
ひとまずソファに座り、バクバクしている心臓を落ち着かせようとする。
ロマンス小説でこういうシーンを読んだことがあった。
いわゆる“白い結婚”の物語。
結婚式挙げたその日の夜、すなわち初夜で夫婦は結ばれないまま、結婚生活を続ける話だ。
夫には実は妻以外で好きな相手がいたり、何か誤解があったり、その理由は様々なのだけど。
も、もしかして、それと私、同じ状況?
ライルは私の父親に脅され、結婚式を婚約から三か月後に挙げることに同意した。
でも彼自身、それは早過ぎると思っていたのでは?
それでも私は領地へやって来た。しかも盗賊に襲われながら。同情心も働き、いろいろ思うところもあったが、呑み込んでくれていた。
それなのにここに来て、私が不安だの、心配だの言い出したから……。
いい加減、うんざりしてしまったのでは……?
父親同様、口うるさい娘だと。
待って。
そもそもの話。
父親は私に話していないが、何かからくりがあるのでは?
ユーリではなく、私が選ばれたことに。
実際に会ってみて、私でもいいかとライルは思ってくれたのかもしれないが、本当はユーリを望んでいたのでは……? ライルとベルナードも優しいから、決して明かさないだけで、やはり私ではなく……。
そう思うと。
ここ数日浮かれていた自分が空しくなる。
さらに初夜で、夫婦の寝室に一人残されるロマンス小説のような展開にも、愕然としてしまう。
今、自室に戻ったら、きっとフィオナがどうしたのかと思うはず。
戻れるわけがない。
このままここで休もう。
潜り込んだベッドは、自室のベッドよりもサイズが大きい。
そこで改めてこのベッドが、夫婦のために用意されたものなのだと気付く。
一人で寝るには大き過ぎる。
どうして私はここで一人で休むの……?
今この状況では、悪いことしか考えられない。
よって考えるのは……止めよう。
止めようと思っても、考えるのを止めることは、意外と難しい。
ならば。
そもそもライルとの結婚。
それはある意味、打算だった。
このままあのミルフォード伯爵家にいても、私は嫁へ行くこともなく、両親を介護し、最後は修道院へ入ることになる……そんな人生を想像していた。
でもそれはあまりにも味気ない。
ライルとの結婚は、そこから抜け出すチャンスだった。
さらに私とユーリを勘違いしているのでは?と思ったが、それを指摘するような行動も私はとらなかった。勘違いのままでも、一度国王陛下から許可された婚姻は覆せない。よって私はミルフォード伯爵家を出て、ローズロック領で暮らせる……そんな打算的な考え方をしていたのだ。
もしかするとそんな私の狡さに、ライルは気づいてしまったのかもしれない。
そう思うと、ライルと私の結婚が“白い結婚”になってしまったとしても……仕方ないこと。
ここで腹落ちができた。
仕方ないことなんだ、と。
ユーリ中心に回っていた、ミルフォード伯爵家で暮らしていた時から。
諦めるのは、私の特技だった。
どんなに懇願しても、私の願いは叶わない。
だから余計な期待はしなければいいのだ。
ライルと私は白い結婚。
でも私はミルフォード伯爵家を出ることが出来た。
それで十分。
そこで目を閉じると。
なんとか眠ることが出来た。
そしてこの夜を境にライルと私の関係は――。