残されている大切な儀式
十五時過ぎから始まったウェディングパーティーは、日没後も続いている。
大ホールでダンスをする者もいれば、隣室で軽食やお酒を楽しむ者。
解放されている庭園を散策したり、娯楽室でビリヤードを楽しむ者。
その楽しみ方は、招待客それぞれだ。
ディナーの時間になると、隣室に出来立ての温かい料理が運ばれ、皆、お腹を満たす。
その後はもうお酒とダンスがメインで再び盛り上がり……。
このお祭りのようなウェディングパーティーは、明け方まで続くという。
招待客の多くが屋敷と離れの客間に滞在している。街の宿もここからなら馬車で十分で着く。ゆえにお祭り騒ぎが長引いても問題なしというわけだ。
でも。
ライルと私には、残されている大切な儀式がある。
そう、それは……初夜の床入りだ。
頃合いを見計らっていたフィオナから声を掛けられた。
部屋に戻り、その準備に入るようにと。
これには緊張でドキドキしてくる。
例の本は途中まで読み、なんとなくベッドに入ってから何をするのかは……分かったものの。
詳しくは分からない。
分からない=未知のことに対する恐れは、緊張をもたらす。
基本、床入りした後は、男性に任せる。
ダンスのリードと同じで、男性に身を委ねればいいことは、例の本は勿論、ロマンス小説でもそうだった。よって余計なことは考えず、ライルを信じ、任せよう。
「若奥様、どちらへ?」
「えっ!?」
パーティー会場から移動していたのだけど。
緊張のあまり、自室を通過してしまっている。
そんな状態であったが、準備は着々と進む。
入浴と髪を洗い、乾かすで、かなり時間がとられるものの。
髪を乾かす時間を使い、体のマッサージや香油を塗ったり、いろいろとケアをしてくれる。
準備が整うと、「夫婦の寝室」へと案内してもらうことになった。
基本的に夫婦が夜を過ごすのはその寝室で、通常はそれぞれの自室で休むという。
フィオナが扉をノックしてから、その夫婦の寝室に入ることになったが。
手順として、先に新婦が部屋に入っておくことがしきたりなので、中にライルはまだいない。
そう分かっていても。
寝室に入る時は、ドキドキしてしまう。
白い寝間着に淡いピンク色の厚手のガウン姿の私は、そのままソファに腰を下ろす。
隣室などなく、いきなり寝室。
手前のソファセットの後ろには、天蓋付きのベッドが見えていた。
室内の明かりは抑え目で、絨毯と天蓋付きベッドはワイン色、なんだかアダルトな雰囲気だ。ソファの前のローテーブルにはフルーツと飲み物、アルコールも含め用意されているが、緊張で一切何も口にする気になれない。
「それでは私はこれで下がらせていただきます。お体に不調が出たり、問題がありましたら、ベルでお呼びください。とにかくリラックスし、若旦那様を信じ、身を委ねれば、問題ありませんから!」
フィオナはそう言ってくれるが、とにかく未知の世界。
リラックスなんてできそうもない。
ただライルを信じる。
そこは……できると思う。
彼と知り合って日が浅いが、その優しさと気遣い、誠実な言動。
それは信頼に値するものだった。
「では、失礼いたします」
フィオナが退出してしまい、一気に心臓の鼓動が加速する。
こういう時、みんな、どうやって緊張を紛らわせているのかしら?
そうだ。
歌でも歌おう!
そこで歌劇で有名な曲を口ずさんでいると……。
がちがちに緊張していたが、次第に落ち着いてきた。
それどころかソファから立ち上がり、一人で踊りながら歌い――。
まさに気分はミュージカル女優!
「!」
夢中になり過ぎていた!?
気付かなかった!
淡い水色のガウンを着たライルが、いつの間にか部屋にいた。
しかもその瞳うるうるさせて、じっと私を見て、拍手している。
明かりが抑え目だから分からない。
でも。
顔が赤い気がする。
「あ、あの、これは」
「ダンス、踊り足りなかったですか?」
「! そう言うわけでは……」
でもライルは私に歩み寄ると、手をとり、ダンスのポーズをとった。
そこからは自然に二人でダンスを踊り始める。
「アイリの歌声。とても素敵でした。歌うことが好きなんですね」
「そ、そうみたいです。これまでこんな風に歌うことは、なかったのですが……」
「それは……普段歌わない歌を歌いたくなるぐらい、リラックスされていたのですか。それとも緊張していたのですか?」
この問いにはか細い声で答えることになる。
「き、緊張です。この部屋の意味。この夜の意味。漠然としか分からないので、不安です」
するとライルは踊るのをやめ、私の手を握り締める。
「不安……ですか」
ここは素直な気持ちを伝えた方がいいだろうと思い、こくりと頷く。
「分からないことばかりで、どうなるのか心配です」
私の言葉にライルはぐっと息を呑み、そして――。
「そう……ですよね。お互いに顔を合わせ、わずか三日。それでいきなり……」
「え、でもそれは……。そこは王族でも貴族でもそういったことは多いかと。姿絵を交換し、結婚式当日に顔をあわせることだって、わりと普通ですし……」
「でもアイリは不安で心配なんですよね?」
それは夫婦が行う夜の営みの詳細が分からず、不安で心配ということで……。
会って三日目でそうなることには、あまり何も感じていないのだけど。
むしろ会って三日だけど、私はライルが好きであり――。
「自分も同じです」
「え」
「やはり今の自分では、これが限界です」
ど、どういうこと……!?