あの件について書かれた本
昼食の後。
義母は自室で休み、ライルと私は早速、ダンスをするため、小ホールへ向かった。
明日は本当に結婚式がある。
実際に結婚舞踏会の会場となる大ホールは、飾りつけが始まっていた。
厨房などでも肉の下味をつけたり、シチューなどは煮込みがもうスタートしている。
屋敷のあちこちで、明日に向けた準備はスタートしていた。
「ではバイオリンのみとなりますが、演奏を始めさせていただきます」
ウィンターボトム家の使用人で、バイオリンが弾けるという人物がいたので、伴奏してもらうことになった。
ライルと私は向き合い、早速、ダンスが始まったが……。
まずはライルのリードがどんな感じか見ようと思い、彼の動きに合わせてみた。
その結果。
ダンスに自信がない。
いや、自信をもっていいのに!と思える完成度だった。
とにかくライルのリードは優しい。
強引さがなく、終始私への気遣いが感じられた。
戦場では“野獣”と呼ばれているはずなのに。
その面影は、ダンスにおいて一切感じられない。
ううん、ダンスだけではなかった。
盗賊に襲われ、助けられた時にこそ、“野獣”を感じた。
でもそれ以降のライルは……。
女性と二人での会話に慣れておらず、頬や耳をぽっと赤くしていたのだ。
その様子は可愛らしいとしか思えない。
そしてダンスも……。
問題ない。
踊りやすかった。
安心して彼のリードに身を任せることができたと思う。
それを素直に伝えると……。
「本当ですか……? ミルフォード伯爵令嬢にそう言っていただけると、とても嬉しいです」
心からの笑顔で私に応じてくれるのだ。
それを見るにつけ、私はしみじみと幸せを感じる。
“野獣”と思えない、気遣いと優しさがあり、プラチナブロンドのサラサラの髪と澄んだ碧い瞳は、まさに貴公子。くすみのない肌は透明感があり、でも手には少し、騎士であることを感じさせるところもある。それでも爪の形も整い、美しいピンク色をしていた。指だって細く長い。
ユーリが一目惚れしそうなライルと結婚できる。
本当に現実とは思えない。
「ミルフォード伯爵令嬢、ワルツ以外も踊っていただいていいですか?」
「勿論です」
ライルとのダンス。
それはとても心が満たされる時間だった。
◇
明日があるからと、その日の夕食は消化の良い料理を出してもらえた。
こってり肉料理というより、あっさりとした味付けの肉料理が中心。
特にパイナップルを炒めたものは、さっぱりして美味しかった。
食事の後は胃袋を休めたのだけど、そこでフィオナに一冊の本を渡された。
わざわざ王都から持参していたその本は、初夜について書かれた本だった。
正直。
結婚し、晴れて夫婦となった二人が、初夜で何をしているか。
ロマンス小説では詳しく書かれていなかった。
ただ、ベッドに共に入り、そこから先は男性がリードする。
さらに多少の痛みも伴うが、無事結ばれた時は感動する……ということぐらいしか書かれていない。
ものによってはもっと赤裸々に書かれているというが、その本を買う勇気がなかった。
というわけでフィオナから受け取った本。
入浴の準備が整うまで読むように言われたのだけど……。
その入浴が終わり、念入りなケアが終わった後。
ナイトティーを飲みながらも読んでしまい、さらに続きも気になってしまう。
「お嬢様。基本的に初夜における夫婦の営みは、団長様に任せた方がいいです。変に知識があり、それを実践したりすると、結婚以前にそういうことをしたことがあるのでは!?と疑われてしまうかもしれないので」
そう言われると、気になるが、もうそれ以上は見ることが憚られる。
それに確かに変に知識を仕入れてしまうと、つい何かしてしまいそうな気もした。
何よりもナイトティーも飲んだら、基本、寝なさい……ということなのだ。
よって本はベッドサイドテーブルの引き出しにしまい、私は休むことにした。