キス……!
挙式の練習は、粛々と行われている。
祭壇までのベルナードのエスコートは、完璧に遂行された。
次はいよいよ挙式がスタートとなる。
まずは宣誓。
主に対し、結婚の誓いを立てる。
これは問題なく、クリア。
続けて……誓いのキス。
これはベールを上げるという、新郎側で高難易度なミッションが発生する。
慣れていないと、もたついてしまう。
それにウェディングドレスについている装飾品に引っかかることもあるのだ。
ゆえにライルは慎重にベールを持ち上げ、無事、成功すると……。
ベルナードと義母は長椅子に座り、この様子を見守っていた。
ベールが綺麗に持ち上げられた瞬間、二人は手を取り合い、喜んでいる。
ひとまず無事、成功したことに安堵しているが、この後は……。
キス……!
れ、練習でキスをしてしまうの!?
キスは神聖なものであり、練習などではなく、結婚式当日にすべきもの。
だが練習なくして、キスは上手にできるものなのか!?
「!」
真剣な表情のライルの顔が近づく。
キスの練習、する気満々なのね……!
心臓が爆発しそうだったが、ここは目をぎゅっとつむる。
すると……。
額の辺りがとても温かい。
そこでようやく気が付く。
唇ではなく、額へキスをしたのだと。
誓いのキスは、唇だけではなく、額や頬でも許されていた。
これは何だかライルが上手いことを乗り切ったように思える。
続くは指輪の交換!
まずは私に指輪をつけてもらうので、落ち着いて、白いロング手袋はずす。
普段、メイドに外してもらうことが多いので、慎重にはずしていく。
上手に外すことができ、ホッとすると、ライルも笑顔になってくれる。
これは無言で褒められた気持ちになり、私も自然と頬が緩む。
ライルはちゃんと私の指に指輪を通してくれる。
完璧!
だがここで安堵している場合ではない。
今度は私がライルの指に指輪をつけるのだから!
そこで白手袋をはずしたライルの手を見て、しみじみと思う。
もっとゴツゴツとした手も想像したが、そんなことはなかった。
爪も綺麗に整えられ、形も綺麗だ。
その手を取り、指輪をつける。
緊張したが、指輪自体の着脱は慣れていることもあり、問題なかった。
また一つミッションをクリアしたので、ライルが秀麗な笑顔を浮かべる。
私もニコリと笑う。
続いて誓約。
これはもう「はい、誓います」と回答するだけなので、すんなり終える。
ここまでくると、ゴールが見えてきた。
ラストは司祭からの祝福だ。
これも問題なく終了。
そこで丁度十二時になったようだ。
まさに実際の結婚式と同じように、鐘の音が鳴り響いた。
◇
「もう、練習なんていらないくらい、完璧だったじゃない! それにみんな真剣で! なんだか本当に挙式したみたいだったわよ」
大聖堂を出て、屋敷へ戻る馬車の中。
ライルの隣にベルナード。ライルの対面に私、そして私の隣に義母が座っていた。
馬車が走り出すと義母はすぐにおしゃべりを始める。
本当に。
元気そうで何よりだ。
「あとは屋敷へ戻り、昼食を食べたら……。ウェディングパーティーを踏まえ、ダンスの練習か」
ベルナードの問いにライルは、真剣な表情で頷く。
「挙式では完璧でした。きっと明日も問題ないはずです。ダンスは自分があまりに踊り慣れていないところがネックですが……」
「ひとまず一曲踊れば大丈夫ですよ、主。後は王都から来た騎士達が一斉に踊りだすので、問題ないかと」
百名の騎士のために、明日のウェディングパーティーには、街の平民女性も招待されていた。
通常は新婦側の招待した令嬢がいるので、こんなことにはならない。
でも今回はイレギュラーで平民女性招待になっている。
「問題ない……か」
ベルナードの言葉を聞いても、ライルはまだ心配なようだ。
ダンスは確かに男性がリード。
男性が自信がないとなると、いろいろハプニングは起きやすい。
女性が転倒したり、無理な動きで怪我をすることもある。
ライルは真面目だから、私に怪我をさせてはいけないと、心配しているのかもしれない。
「ウィンターボトム侯爵。もしよろしければ、ダンスは私がリードすることもできますよ。男性リードが基本ですが、女性リードが禁止されているわけではないので。騎士団の団長として、舞踏会で踊る機会が少なかったことは、周知の事実。私がリードしても、多くの方が分かってくれるのではないでしょうか?」
するとライルは「もしもの時はそうしていただくかもしれません。ですが今日、午後はダンスの練習に励みます!」と宣言。
その様子を見るにつけ、想ってしまう。
本当に実直で、可愛いなぁと。